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東吉野へポタリング…。

 紀の川サイクリングロード。粉河付近です。

 紀の川サイクリングロードの橋本付近。トイレ休憩中。

 目の前のグラウンドは台風被害で復旧中でした。

 丹原のタナカで柿の葉寿司定食。五条といえば、これですね。(^^)

 薬水付近。ここの景色が大好きです。

 甘樫丘までやってきました。

 これが地獄だった女寄峠です。吐きそうになるくらいしんどかった。

 とうとう日没。この後ナイトランであります。

土曜日休日。快晴でした。朝8時半頃出発。

ひさしぶりにヘタレ返上ってことで、家から自走で往復東吉野方面へ出かけました。相棒はいつもの黄色タイヤくんのランドナーであります。

コースです。↓


まず、この日は暑かった!
しんどさでいうと暑さにやられました。まだ、暑さに順応していない身体にとって、初夏の日差しはきつかった。

自宅を出て紀の川サイクリングロードを走る頃は楽勝でした。暗転したのは、本日の難所、女寄峠です。この峠、実にいやらしい構造でして、実際走ると三段になっているようです。最初の序盤は割りと普通の坂って感じで乗っていけるのですが、中盤を過ぎたあたりから激坂に変わり、登るのも地獄、止まるも地獄の激坂となります。おまけに交通量が多く、大型のダンプなんかがぎりぎりに通過していくため、クリートがいつでも抜けるよう身構えておかないといけません。非常に神経を遣います。

中盤頃にちょうどいい日陰があったので、そこへへたり込み、ペットボトルの飲料水をがぶ飲みです。今日は幸いなことに足が攣るってことはなかったですが、暑い。肌が焼けてひりひりする。

さて、後半戦です。もう戦意喪失ですから、押しの一手。しかし、長いことといったら。延々どれくらいあるのかわかりませんが、非常に長い。しかもトドメの一撃が、最後の三段目の激坂。10%以上あるのではないか、というほどの勾配で、歩くのも地獄です。

次第に呼吸困難となり、嘔吐しそうになってきますので、また、峠頂上で休憩です。
さて、本当はここから左方向に行って、下ってコンビニが折り返し地点ですが、もう余力ゼロのつき、楽な方のトンネルを抜けることにします。若干のショートカット。

道の駅大宇陀に付いた頃には、ハンガーノックも加わりコンディション最悪。もう真剣輪行で帰ろうか、と思ったほど。この日は本当に調子が悪く、回してもなかなか前に進みません。

ま、荷物も大型のフロントバッグに装備をパンパンに入れているので、4キロほどもあるかと思われ、それを乗せて走っているのだから、ま、仕方なしですが。

道の駅大宇陀で大休止となり、冷えたペットボトルを首筋に当てたりして、クールダウンです。とにかく、この症状は熱射病に近いと思われ、しばらく頸動脈なんかを必死に冷やしておりました。ここでペットボトルを1本飲み干しました。

たぶん、脱水もあったのでしょう。若干マシになりましたので、出発です。さて、コースをどうしようかと、フロントバッグに挟み込んでいる年季の入った20万分の一地勢図和歌山を眺めます。本当はニホンオオカミの像のあるところを下って帰りたいのですが、時計を見るとすでに15時を過ぎており、明らかにナイトランになる様子。もう余力がないので、坂道のないコースを必死に読み取ります。このままR370をまっすぐ行き、津風呂湖を下るコースがいいみたい。

予想は的中し、ほぼ下り基調で吉野川に出ました。ここから延々吉野川、紀の川沿いに下って我が町紀の川市まで帰ることになります。リバーサイドといってもところどころ登りもあるため、余力がない身体に鞭を打ってふらふらヘトヘトで走行です。思えば、ここまでへたばったのは久しぶりで、普段の不摂生が祟ったのか、全然余力がないのです。

橋本市まで来ると、もうホームグラウンドですから安心です。なんとかゆっくり回せば帰れるめどもつき、ローソンによってジャンボフランクやらシュークリームやらを食べます。しばし充電。これが効いたのか、後半はよく回るようになり、いつもの紀の川サイクリングコースを帰ります。次第に日が和泉山脈に落ち、バッテリーライトを点灯です。電装が非常に重要だな、とこのとき初めて思いました。やはり、発電式のものの方が明るいし安心ですな。

20時半ごろ、ようやく自宅に帰り着きました。本日は約12時間も自転車に乗っている計算になります。自転車と接地しているすべての箇所が痛く感じました。しかし、気分爽快。よく走りきったなーと思いました。しかし、観光したり楽しく走るには輪行を賢く利用する方がはるかにいい、と再認識したのでありました。
(=^・・^=)

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