私は今から20年くらい前は、毎朝、早朝より電車に乗って岸和田市や堺市の方まで通っていた。通勤である。デイサービスに勤めていたが、電車は乗り換えも含め、約2時間くらいかかる通勤時間だったな。 大変だと思われるだろうが案外快適だった。理由は早朝の時間帯故に座れること。それで図書館で借りていた本をかばんに忍ばせ、席につくとそっと取り出して読み耽るのである。 駅の到着を知らず、通り過ぎそうになったことが多々あった。 こうして年間100冊以上は読んでいたと思う。面白いのは小説のたぐいは非常に速読であることだ。哲学書や評論などは時間がかかった。ノンフィクションも早かったな。 読了感はなんとも言えず爽やかで、中身がよく印象に残った。どういうわけか、こうして読み耽った本の中身はなかなか記憶から消えないのである。不思議だ。 おかげでケアマネの勉強本もこうして読みふけったので一発で合格できた。 あの頃のような集中力がまたほしい。時間が潤沢にあるようになるとたっぷり本を読めると思いきや、案外集中力が続かないのである。家に居るとつい、他の用事に目がいってしまい、本の中身に集中できない。だから、図書館へ行くことをおすすめするのである。 図書館内は静かで、スマホをいじる人もいない。本当に静寂でエアコンが効いていて快適である。間取りもよく設計されていて、読書には最適な環境だ。配架の順番に廊下をさまよい、やがて目に入った一冊を取り出して、そのへんの椅子に座る。 気がつくともう2時間ほど経っているというのが常態化していた。ところがいつの頃からか、家事や仕事が忙しくなってしまい、体を動かす方が好きになってしまって、ブルベの真似事にハマったりする。それで読書から遠のいてしまっていた。 しかし、今よくよく考えると私は本が好きだ。それも耽読するというのが非常に好きで、寝食忘れて読み耽るという体験をすると、その面白さにますます惹かれていくのであった。 読書という行為は実は未だによくわかっていないらしい。脳内がどういうふうになっているのか、とか、目の動き方とか、実に複雑で面白いのだそうだ。こういう研究が今後発展すれば、脳科学はかなり深く進歩すると思うのだが、どうだろう。 行間というのも大事だな、と最近思うのだ。自分でブログを書いているときっちりと行間が詰まっている文章は非常に読みにくい。しかし、適度に...
最近、インフレのためかどんどん物価が上がってしまい、特にライフラインの料金が高い。特にこの猛暑の季節は電気代が半端ない。(-_-;) かといってエアコンを止めることもできず、24時間フル稼働状態だ。この状態がまだあと一ヶ月は続くかと思うとゾッとする。 恐らくだが、この季節は一月の電気代が2万円を突破するのではないか、と思われる。いくら私が介護職でほそぼそと稼いでも追いつかない。この他に水道代、ガス代、ネット使用量がかかってくる。それと介護と医療の保険料だ。( ;´Д`)ゲロゲロ 6万くらいはこれらで飛ぶのである。僅かな手取りで趣味や生活を楽しんでいるが、わびしいものだ。しかし、贅沢を言わなければ、かなり楽しい生活は送れる。 なので、旅行も路銀が少なくて済む近場ばかりとなるのである。 父が存命だった頃は、潤沢に年金資金もあったので独身貴族を謳歌できた。今は斜陽族である。(T_T) この先、母も亡くなると年金の支給もストップとなり、私の少ない資金ですべて賄うことになる。あぁ、侘びしや…。 ま、変動費を極限まで抑えて生活していくしかない。 趣味はお金のかからない図書館利用とか近所のポタリングである。(*^^*) 車は遠い将来は手放すだろうな。維持費が高すぎる。特に任意保険料。これと2年毎の車検代。まあ、無理である。 昨日、ネットでレンタカーの相場を調べたら、私と同じエブリィの1日レンタル料金はだいたい7000円ほどだった。こちらの方が絶対得だ。必要なときだけ、車を借りるのである。 年金手取り9万では、到底厳しい。預貯金がいくらかあると思っていても、どれくらい自分が生きるのか知れない。非常に不安要素がある。富裕層の方々は、まったく心配なく生活を謳歌できるのであろうが、非課税になろうとする我が身としては、心もとないのである。 しかし、自由に読書三昧の生活はさぞやパラダイスであろうな、と思う。図書館が開館するのと同時に借りに行き、借りてきて、貪るように読む。幸い、自転車で行ける範囲に図書館があるため、我が家は天国だ。 老後はこうした楽しみがあるので、ほぼ毎日のように日参であろうな、と思う。 そして、図書館の目の前はいつものスーパーネゴロである。帰りに買い物して帰るというのもいい。 こうした用途に特化した自転車として、今あるパナソニック製のランドナーを改造しようか、...