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旅への誘い…。

昨夜は、20時半に寝た。酔が回ってきて案外早く眠たくなったので、逆らわず、そのまま布団に入り込んだ。しばらくすると、枕元の携帯が鳴った。知り合いからの仕事上の相談メールだった。一旦、起きて、机に座る。

私は、携帯でメールするのが苦手なのである。圧倒的にキーボードに慣れているので、長文のときは、必ず、Macでメールを送信する。

新しい、ケアマネ業務についたばかりでの相談内容だった。が、よその事業所の業務内容がよくわかって、それは、参考になった。

振り返って、今の職場に慣れきってしまって惰性で、知らぬ間にダークサイドに落ち込んだベイダー卿のようになっている自分に嫌気がさした。

仕事の段取りばかりうまくなって本当に利用者のことを考えているのだろうか…。改めて気持ちを引き締めていきたいと思う。


さて、秋の夜長。感慨に耽っている。自分の写真サイトを見るにつけ、まったくここ数年間でいろいろな場所に行ったものだ。ま、仕事上長期休暇は無理のため、近場ばかりであるが、仲間とかソロとかそれは、それはいろいろ行っている。

難読地名、というのに前からハマっている。一見して、はて? なんと読むのだろう?という地名に出くわすことがよくある。最近では、予め、難読地名を先に探しておいてから、現地へ出かけていく、というのが、常套手段となった。

参考になるのは、近畿地方の難読地名一覧である。
上洞(かぼら) - 日高郡印南町というのが載っている。ここ、数年前に越えたことがあるが、片側が崖。落ちたらしまい、というすごいところだった。折しも天気も怪しくなり、空からポツポツとこぼれ落ちてきていて、いやーな天気だったのを覚えている。しかし、こうした印象に残る地名は不思議と忘れない。

一雨(いちぶり) - 東牟婁郡古座川町
というのもある。これは、真夏の炎天下、串本町の親戚の家に車をデポし、そこから走り始めて、六郎峠というのを一つやり過ごし、ヘトヘトになって急坂を下りきったところにあった。清流の古座川が橋の下を流れていて、橋の上からぼぉーと流れを眺めていたっけ。
川の手前には、作家司馬遼太郎氏の別荘が蔦に絡まれてひっそりと建っていた。古座川の橋を渡ったところが一雨であった。

ランドナーのハンドルを握って西東…。次の休みはどこへ出かけて行くか…。最近は、輪行しての日帰り小旅行ばかりだが、難読地名を探して、あてもなく行くのもまた楽しい。

つくづく、自分は旅が好きである。したがって、自転車も旅行用車ばかりを作りたがる傾向がある。いつも、小金が溜まったころを見計らって川口市のTOEI社へフレームを発注し、これに付ける通好みの部品を探してあーでもない、こーでもないと完成車を妄想し、楽しんでいる。まったく、病気の人しかわからん楽しみ方であるが、自転車も長くやっていると、病気が高じて熱にうなされる日々が続くのである。

さて、また、小金が溜まりつつあるので、次回作を妄想しているところだ。
(=^・^=)

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