スキップしてメイン コンテンツに移動

4040clubの全国オフ会で浜名湖へ2泊3日の自転車旅行でした。






















オイラの所属している自転車のクラブで4040clubというのがあるんですが、このクラブの全国オフ会というのに、このたび、参加してきました。

うれしいことに同じクラブの人が自宅に前泊させてくれたおかげで、早朝より、渥美半島をサイクリングでき、最高の三日間を過ごせましたです。
thanks > Kさん。

さて、相棒のKさんとオイラは、 ランドナーという古式ゆかしい自転車に乗り、鳥羽からまずフェリーにて伊良湖岬をめざすわけなのですが、これが、早朝にもかかわらず、電車が満員? あれ? おかしいよー、って思ってると、アナウンスが、本日は高校総体なのだそうで、そのため、三重県中の高校生が一斉に五十鈴を目指して、電車に乗ってるのだとか…。∑(゚Д゚)ガーン

これじゃ、輪行どころじゃないじゃん! でも、フェリーのため、何が何でもごめんやでぇー、と二人のおっさんは頭陀袋を列車内にねじ込み、涼しい顔。相棒は、女子高生に囲まれ、ニヤニヤw…。(^^)

そんなこんなで着いたはいいけど、乗船まで3分ほど。大声で係員に叫ぶ、相棒。「あのぉー、乗れますかー?」

係員:急いで、急いで。走って。

って…。走れって言われてもなー、この糞重たい頭陀袋をこっちは担いでいるんだよー。

なんとか、足が痙攣しそうになりながら、切符を買って最後の猛ダッシュ。ギリギリセーフでフェリーはゆっくりと岸壁を離れました。

その後は、追い風もあり、快調ペースで最初は飛ばしていたのですが、途中、相棒の宝石ユーレージュビリーが駄々をこねだし、チェンが噛み付きます。その度、停車で小休止。

その後は、だましだましの安全走行でなんとか、奥浜名湖の民宿浜名湖にたどりつき、盛大な宴会となりました。お風呂はひとつしかないため、修学旅行のようなすさまじいお風呂合戦となり、シャワーで速攻すませました。

翌日もお天気は嬉しい裏切りで、晴天。どこまでも浜名湖の風は気持ちよく、湖岸をサイクリングして、夢のひととき。これだけの大人数が一斉にペダルを漕ぐのは、壮観ですな。そして、舘山寺にて、待望の浜名湖のうなぎを食し、ごきげんモード。

そのまま、時計回りに浜名湖を走って、新井町駅から輪行で帰りましたが、自転車バカなオイラは、吉野口駅から夜にまた自宅まで60キロほどをわざわざ自走で帰りました。なぜか、ダンシングするたびに後ろガードがキュンキュン鳴き、それに反応してどこぞの犬がわんわん吠えるし、静寂な吉野口の里を騒がして帰ったのでありました。

22:20無事帰還。
(=^・・^=)

コメント

このブログの人気の投稿

ニューサイクリング誌なきあと…。

ニューサイクリングという雑誌を若かりし頃熱心に愛読していた。定期購読していて、毎号自宅に届くのを楽しみにしていたものである。その頃のNC誌には、活気があって、表紙なども実に旅情をそそる凝った写真であった。 中身は、ツーリング記事が中心で、林道の特集なども毎号シリーズ化されており、マニアにはよだれの出るような内容であった。自転車雑誌というよりは、山岳雑誌に似た雰囲気でもあり、山もやる人はすんなりと自転車の世界にも入れるような感じであった。 今年に入って、しばらくHPがリンク切れになってるな、と思ってたら、案の定廃刊となっていたようだ。そろそろまた、定期購読を開始しようかな、とか考えていたからショックは大きい。 しかし、NC誌の志はしっかりと引き継がれ、サイクルフィールドなる小冊子になって継続されているようだ。さっそくオオマエジムショさんのHP最後部のリンクからダウンロードして、PDFのその小冊子に目を通した。うん、マニアならおもしろがる内容で、他の自転車雑誌のようなレーサー中心思考でもなく、自転車旅行を愛する人なら思わずニヤリである。 いつも楽しみにしていた長谷川自転車商会さんの例のイラスト広告もしっかり残っている。浅麓堂さんの広告もここで見ることができる。 そのNC誌に長らく紀行文を寄稿されていた綿貫益弘氏の著書を今、読んでいる。「四万十・丹波」、麹町出版、1994 この本には、およそ、自転車旅行というものがどういうものかが網羅されている。最近、自転車を始めたが、自転車であちこちと旅行したいなー、と考えている人は一度読まれるとよい。最近、私も休暇を取れなく、自転車旅行から遠ざかっているが、この本を読むと、脳内を刺激され、一気に旅情ムードとなる。その詩的世界にどっぷりとハマって雨の一日を読み耽っていたわけだ。他には、同じ人の著書で、「まとまらない話」って本も持っている。どちらも今では稀覯本である。最後の一冊、「津軽から江差へ」がどうしても探求書リストに入ったままで未だ、手に入らない。見かけても法外な古書価格に圧倒され、手が出ないのである。 この本を読んでいると、自分が行った先の旅行を思い出し、夢想していた。思えば、極寒の2月、四国は四万十市、昔は中村市と言ったっけ。そこの某クロネコセンター前に佇み、愛車を袋から引っ張りだして、わっぱをはめて、...

結局、最強のカンチブレーキはシマノのBR-CX50だ!

 すっかり廃番になったものとばかり思っていたシマノのカンチブレーキで105グレードのものである。型番を BR-CX50 という。今も黄色タイヤのランドナーに付けている。私は、これのシューをロード用の舟に替えてシューをクールストップのサーモンに変更している。 よく効いて何よりもアーチワイヤーを開放しやすい。 これが輪行するときに一番楽である。スプリングをフックからすぐ外せるのがイイ。 あらゆる面で最高の使い心地で色々とカンチブレーキを物色してきたが、結局、最後はこのシマノのBR-CX50になる。一択だ。 ランドナーで使うのにより便利にするにはリンクワイヤーを止めて、吉貝のアーチワイヤーに換装するとよい。千鳥を併用するのである。そうすれば、Fキャリアとのアーチワイヤーの干渉問題も解決するし、調整もやりやすい。 まだ、一組取ってあるが、枯渇が心配される最右翼の部品ゆえ、スペアを買っておこうかと考えている。これにかなうカンチブレーキが他にない。さすがシマノ製だ。 迷わずに最初からこれにしておけば良かったな、と今更思っても後の祭り。もう吉貝を組み付けたが、ものすごく作業がしづらかった。 特にフロントキャリアがある場合、ブレーキハサミ工具が使えず、千鳥を固定しておいて、アーチワイヤをワイヤープーラーで引張り、その間にアーチワイヤーのボルトを止めるというアクロバティックな作業を強いられる。結構クリアランス調整が難航する。 ある程度、見極めてから、最後に反対側のアジャストボルトでクリアランスを調整するのがいい。 コツを知るまで調整に難航する部品であった。シマノ製はこういうところが簡単でいい。 (=^・・^=)

Wレバーの終焉。

 シマノが8速以上のWレバーの製造を辞めてからちょっと経つ。その影響かどうかわからないけど、憧れだったラレーのクラブスペシャルという自転車もカタログ落ちになった。今はもう製造されていないみたいです。 となると、これらWレバーの自転車を買った人たちはもし、故障するとなると大変に困るわけです。替えがないから。まあ、Wレバーに関しては吉貝など、作っているメーカーもあるのですが、フリクションでシマノのようにぱちぱちと変速が決まるわけではない。 もし、故障するとオークションで中古品を探すか、吉貝のフリクションのWレバーに換装するかという選択になりますね。 同時に心配なのが、フレームのパーツであるWレバーのカンパ型台座だったりします。これも枯渇すると、新たにWレバーを付けたフレームを発注できなくなりますね。 しかし、世間的に8速以上のWレバーの終焉となると、丸石などのランドナーの在庫も気になるところです。シマノのような世界的パーツメーカーが製造を辞めてしまうと、末端の完成車メーカーも部品の変更を余儀なくされます。 しかし、幸いにもというかランドナー完成車メーカーのためかどうかわからないけど、8速対応のSL−R400というクラリスグレードのWレバーはまだ製造されているみたいです。(^^) もっというと、Wレバーがなくなるとフォーク抜き輪行を得意とするランドナーの立ち位置も微妙となってきます。吉貝のWレバーは便利で10速まで対応可能なようですので、当分はこれで代替して使うことができますが、いかんせん価格が高い!それでメーカー車に採用されるかどうかはわかりません。 元々、Wレバーは今やそれほど売れる部品ではないので、どうしても価格は高くなりがちですね。いつ、シマノがWレバーの製造を辞めるかと思うとひやひやしますね。 今、ランドナー愛好家がストックしておくべき部品のイチオシは、Wレバーということになるでしょうか。ビンテージ品に走るという作戦もできなくはないですが、こちらは今の多段に対応していない可能性があり、モダンな多段のスプロケを使うつもりなら、やはりシマノか吉貝の今出ているWレバーが必要になりますね。 吉貝さんだけが上引きのフーデッドレバーも作ってくれているし、Wレバーも作ってくれている。ここが辞めてしまったらもうランドナーの完成車は作れなくなりますよ。ほんとに怖い。ストッ...