スキップしてメイン コンテンツに移動

自宅から榛原までポタリングしました。

いる天気は曇り。晴れの予報だったけど、残念。ま、いいか。で、自宅からのんびりと奈良県は榛原市を目指しました。愛車はいつものTOEIクラブモデル。

今回は、泥除けの試着の結果を検証するのもあって、ちょっと楽しみ。しかし、なんですなー、泥除けって、輪行のときにホント慣れないと大変ですわ。^^;

●本日のコース↓





↑ どこまでも続く紀の川サイクリングロード。粉河のあたり。出発からどんよりでちょっと凹みますが、気を取り直してペダルを踏みます。朝8時位ですが、まだ自転車に乗ってる人を見かけませんね。ものすごい黄砂が飛んでいて、体に悪そうw。∑(゚Д゚)ガーン




↑ 紀の川の水量は晴天続きのためか少なめです。この辺、子供のころ、自転車公園ってのができてよく家から友達といっしょに遊びにきたなぁー。懐かしいですわ。




 ↑五条市滝のカヌーをよくやっている場所です。本日は、ちょうど五条市に着いたのが、だいたい朝の10時くらい。ですので、いつもの柿の葉寿司のたなかはまだ、開いてません。かといって、食料を補給しておかないと、こういう店舗のない区間でお昼になってしまいます。悩みましたが、ルート変更をしたくなかったので、五條病院前のよしストで特製エビフライ弁当を買いました510円なり。
それをサドルバッグに放り込んで走ります。一気に重量増ですが、そんなのまったく気にしない私なのでした。



 ↑五条市の滝にある東屋の休憩ポイントです。トイレもあって、ここはいつも私の休憩場所なんです。誰も来ないし、来てもカヌーをやる人だけですね。前回は、ここで中年ローディーと出会いましたが、今日は自転車乗りは来ませんでした。よっこらしょ、と例のエビフライ弁当を取り出し、もう天国の思いでパクツキます。弁当がこんなに美味しいと感じるのも久しぶりのことでした。それにしてもこの冷たい水の中にカヌーを持って入るってどうよ、って一瞬思いましたが、私も昔、四万十川へ2月に自転車旅行にでかけ、そこで、カヌー体験しておりますw。(^^ゞ




↑ほらね、こういう感じ。東屋は左にあって、向かいにこういう階段が付いているんです。ここから川に降りるわけ。





 ↑画面中央に小さく、吉野ラッキーボウルの建物が見えました。やっと下市到着です。ここまでで約50キロですね。まだ、なんてことない。楽勝。本日はここから先がメインだから…。このあたりから頻繁にサイクリストと出会います。お互い挨拶して、すれ違っていきます。みなさん、気持ちのいい人多いみたい。でも猛烈ローディーは挨拶しても無視。(●`ε´●)




↑やっとこさ、下市の千石荘の近くの水場に着きました。無料で、湧水を汲めるいい休憩ポイントです。いつも車で汲みに来ている人たちがいるんですが、本日は貸し切り。ポカリを開けて、中を洗い、たっぷりと給水しました。これで、榛原まで持つでしょうよ。



↑えっちらおっちら、のんびり走行の私。いったい何台の自転車に抜かれたことやらw…。
ま、全然気にしちゃいませんよ。だって、のんびりするためにわざわざこうやって紀の川市くんだりから、酔狂にもやってきているのですから。えーと、ここは、吉野高校を過ぎてちょっと行ったあたりかな。こうした杉林が多くなり、林間から吹いてくる風がひんやりとしています。汗が引いて心地いいですね。


↑ 宮滝までこうして、吉野川の南岸をずっと走り続け、自転車天国であることを再確認。ここは定番コースになりそう。そして、いよいよ、宮滝から別れて、東吉野に入ります。山はもうすっかり紅葉が始まっておりました。たぶん、小動物らも木陰から、自転車でポタポタとやってくる変なおっさんをじっと見ておるのでしょう。対向で、走ってくる自転車乗りの多いこと。あとで気づきましたが、本日はコース取りで完全に失敗です。地形図のプロフィールで見ると、勾配がすべて登り基調。そりゃ、そうです。川の下流から上流へ向かってるんだから。ホントは、輪行で先に榛原に行き、そこから下流へ走るのが正解でした。次回はそうします。



↑東吉野の鷲家です。ここがニホンオオカミ最後の捕獲場所なんだって。看板にそう書いてありました。ここで、大休止。ここまで家からかなり走ってきましたから、もう相当足にキテいます。銅像の前の階段に腰を下ろし、さっき給水した湧水をたっぷりといただきます。本物の天然水は美味しいことといったら。そういや、以前、天辻峠を超えたときに三里山の湧水って名水にありつき、ゴクゴクとたっぷりといただいた経験がありましたっけ。夏場にこうした水場に出くわすと天にも登る気持ちになります。ありがたや、ありがたや。




↑ニホンオオカミ像の前で愛車です。ここまでよー走ったわい。車でも何時間かかかります。ここまで来るには…。
 狼は割と小さいな。でも、現物に合わせたレプリカでしょうから、実際、こういう大きさなのでしょうね。



 ↑ニホンオオカミの全体像。こういうのに集団で襲われたら、もう餌ですなw。




↑鷲家は、明治維新の発祥地なんだそうな。天誅組の終焉の地とありました。ここらは、訪れるまで知らなかったですな。こういう発見があるから、ポタリングはやめられない。




↑佐倉峠。知らんかった。こうしたゲキサカがここにあろうとは…。長いことといったらこの坂道。途中、何度か降りたり乗ったりでポタポタで行きますが、だんだん息があがってきて、ハァーハァーです。かなりの有酸素運動になりました。




 ↑これが佐倉峠の頂上。ここから榛原まではダウンヒル。あー、すっきり天国で、猛突進していきます。ドロップバーの下を握り、前傾姿勢。ここから一気に榛原駅まで弾丸走行です。


ようやく、榛原駅には14:30頃、到着しました。駅横のスペースで愛車をバラしにかかります。毎度のことながら、ランドナー系の輪行風景は、解体工事か?と思われるほどに珍しがられます。どろよけ、フォーク全部はずしますからね。パン屋の店の人がずっと見ておりました。恥ずかしや。(*´ェ`*)

そして、近鉄電車に乗ってまず、吉野口駅まで輪行しました。しかし、ここから先がイケマセン。
JRの電車にわずかの差で乗り遅れ、次はなんと1時間後。さらに下井阪に到着するのは、2時間後。

ってことはですよ。自走するほうがいいじゃん、ってなりました。
で、またもや、50キロほどを自走で帰りました。

今日は、リナックスにしてからまだ時間経ってないので、ルートラボの地図を描く方法がわからない。
また、機会があったら、コースを入れますが、たぶん、走行距離は100キロほどになるのでは、と思います。
(=^・・^=)

コメント

このブログの人気の投稿

ニューサイクリング誌なきあと…。

ニューサイクリングという雑誌を若かりし頃熱心に愛読していた。定期購読していて、毎号自宅に届くのを楽しみにしていたものである。その頃のNC誌には、活気があって、表紙なども実に旅情をそそる凝った写真であった。 中身は、ツーリング記事が中心で、林道の特集なども毎号シリーズ化されており、マニアにはよだれの出るような内容であった。自転車雑誌というよりは、山岳雑誌に似た雰囲気でもあり、山もやる人はすんなりと自転車の世界にも入れるような感じであった。 今年に入って、しばらくHPがリンク切れになってるな、と思ってたら、案の定廃刊となっていたようだ。そろそろまた、定期購読を開始しようかな、とか考えていたからショックは大きい。 しかし、NC誌の志はしっかりと引き継がれ、サイクルフィールドなる小冊子になって継続されているようだ。さっそくオオマエジムショさんのHP最後部のリンクからダウンロードして、PDFのその小冊子に目を通した。うん、マニアならおもしろがる内容で、他の自転車雑誌のようなレーサー中心思考でもなく、自転車旅行を愛する人なら思わずニヤリである。 いつも楽しみにしていた長谷川自転車商会さんの例のイラスト広告もしっかり残っている。浅麓堂さんの広告もここで見ることができる。 そのNC誌に長らく紀行文を寄稿されていた綿貫益弘氏の著書を今、読んでいる。「四万十・丹波」、麹町出版、1994 この本には、およそ、自転車旅行というものがどういうものかが網羅されている。最近、自転車を始めたが、自転車であちこちと旅行したいなー、と考えている人は一度読まれるとよい。最近、私も休暇を取れなく、自転車旅行から遠ざかっているが、この本を読むと、脳内を刺激され、一気に旅情ムードとなる。その詩的世界にどっぷりとハマって雨の一日を読み耽っていたわけだ。他には、同じ人の著書で、「まとまらない話」って本も持っている。どちらも今では稀覯本である。最後の一冊、「津軽から江差へ」がどうしても探求書リストに入ったままで未だ、手に入らない。見かけても法外な古書価格に圧倒され、手が出ないのである。 この本を読んでいると、自分が行った先の旅行を思い出し、夢想していた。思えば、極寒の2月、四国は四万十市、昔は中村市と言ったっけ。そこの某クロネコセンター前に佇み、愛車を袋から引っ張りだして、わっぱをはめて、...

結局、最強のカンチブレーキはシマノのBR-CX50だ!

 すっかり廃番になったものとばかり思っていたシマノのカンチブレーキで105グレードのものである。型番を BR-CX50 という。今も黄色タイヤのランドナーに付けている。私は、これのシューをロード用の舟に替えてシューをクールストップのサーモンに変更している。 よく効いて何よりもアーチワイヤーを開放しやすい。 これが輪行するときに一番楽である。スプリングをフックからすぐ外せるのがイイ。 あらゆる面で最高の使い心地で色々とカンチブレーキを物色してきたが、結局、最後はこのシマノのBR-CX50になる。一択だ。 ランドナーで使うのにより便利にするにはリンクワイヤーを止めて、吉貝のアーチワイヤーに換装するとよい。千鳥を併用するのである。そうすれば、Fキャリアとのアーチワイヤーの干渉問題も解決するし、調整もやりやすい。 まだ、一組取ってあるが、枯渇が心配される最右翼の部品ゆえ、スペアを買っておこうかと考えている。これにかなうカンチブレーキが他にない。さすがシマノ製だ。 迷わずに最初からこれにしておけば良かったな、と今更思っても後の祭り。もう吉貝を組み付けたが、ものすごく作業がしづらかった。 特にフロントキャリアがある場合、ブレーキハサミ工具が使えず、千鳥を固定しておいて、アーチワイヤをワイヤープーラーで引張り、その間にアーチワイヤーのボルトを止めるというアクロバティックな作業を強いられる。結構クリアランス調整が難航する。 ある程度、見極めてから、最後に反対側のアジャストボルトでクリアランスを調整するのがいい。 コツを知るまで調整に難航する部品であった。シマノ製はこういうところが簡単でいい。 (=^・・^=)

Wレバーの終焉。

 シマノが8速以上のWレバーの製造を辞めてからちょっと経つ。その影響かどうかわからないけど、憧れだったラレーのクラブスペシャルという自転車もカタログ落ちになった。今はもう製造されていないみたいです。 となると、これらWレバーの自転車を買った人たちはもし、故障するとなると大変に困るわけです。替えがないから。まあ、Wレバーに関しては吉貝など、作っているメーカーもあるのですが、フリクションでシマノのようにぱちぱちと変速が決まるわけではない。 もし、故障するとオークションで中古品を探すか、吉貝のフリクションのWレバーに換装するかという選択になりますね。 同時に心配なのが、フレームのパーツであるWレバーのカンパ型台座だったりします。これも枯渇すると、新たにWレバーを付けたフレームを発注できなくなりますね。 しかし、世間的に8速以上のWレバーの終焉となると、丸石などのランドナーの在庫も気になるところです。シマノのような世界的パーツメーカーが製造を辞めてしまうと、末端の完成車メーカーも部品の変更を余儀なくされます。 しかし、幸いにもというかランドナー完成車メーカーのためかどうかわからないけど、8速対応のSL−R400というクラリスグレードのWレバーはまだ製造されているみたいです。(^^) もっというと、Wレバーがなくなるとフォーク抜き輪行を得意とするランドナーの立ち位置も微妙となってきます。吉貝のWレバーは便利で10速まで対応可能なようですので、当分はこれで代替して使うことができますが、いかんせん価格が高い!それでメーカー車に採用されるかどうかはわかりません。 元々、Wレバーは今やそれほど売れる部品ではないので、どうしても価格は高くなりがちですね。いつ、シマノがWレバーの製造を辞めるかと思うとひやひやしますね。 今、ランドナー愛好家がストックしておくべき部品のイチオシは、Wレバーということになるでしょうか。ビンテージ品に走るという作戦もできなくはないですが、こちらは今の多段に対応していない可能性があり、モダンな多段のスプロケを使うつもりなら、やはりシマノか吉貝の今出ているWレバーが必要になりますね。 吉貝さんだけが上引きのフーデッドレバーも作ってくれているし、Wレバーも作ってくれている。ここが辞めてしまったらもうランドナーの完成車は作れなくなりますよ。ほんとに怖い。ストッ...