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三重県紀和町の板屋に行った記憶…。

朝から雨である。今朝方、早朝に目が覚めたので、PCの前に陣取り、昔のアルバムを見ていた。おや?と思ったのが、紀州鉱山跡の板屋に行ったときのこと。不思議と、この写真は公開していないようだった。しばらく見惚れていて、いいところだと思ったので、ご紹介したいと思う。

板屋とは、三重県は紀和町にある鉱山の町であったところ。戦中は、捕虜も動員され、採掘されていたようだ。黄銅鉱というらしい。今でも当時のトロッコ電車が展示されていて、記念館の中に入れば、当時の様子を上映されて見ることができる。

記念館前には無料の足湯があり、疲れた身体を癒やすことができる。もちろん引かれているお湯は天然の温泉である。この辺の温泉は湯ノ口の源泉と同じ成分であり、鉱泉宿などもあって、湯治の有名所となっている。

さて、それでは、昔の2015年4月25日に行った写真を紹介する。
 中辺路のAコープで売っていた弁当。風情がありますな。

 中身はこんな感じでした。

 三重県紀和町板屋の紀州鉱山のトロッコ。割りと小さいね。





 板屋から少し歩きます。裏手に回ると、このような小道が続きます。

 藤の花が咲き出してきております。

 藤のトンネルが綺麗。





 紀和ときれいに刈りこまれている植木。

 藤の小道はずっと続きます。

 紀州鉱山跡にやって来ました。



 しばらく紀和町界隈を探索。

 丸山千枚田にやってきました。マチュピチュのような光景ですな。

 しかし、これ、手植えで田んぼを維持するのが大変そう。

 ものすごい労力で作られた景観です。

 ここは実は数年前にも自転車で行っている。道の駅おくとろに車をデポし、そこから一筆書きで一周してきた。風伝峠を越え、目の前にドーンと広がる太平洋の風景に見とれ、その後、チューブラーの後輪がパンク。初のチューブラータイヤ交換で難儀した記憶がある。電工用の両面テープを持参していて、それで、巻きつけて貼り付けて帰還した。

車にたどり着いたときにはヘトヘトでへたり込んだっけ。(^^)

この辺は好きで温泉にもちょくちょく浸かりに行っている土地である。その後、数年間行っていないが、なんでも噂では湯ノ口温泉はリニューアルされ、昔の鉱泉宿風の風情がなくなっているらしい。残念である。一度、また、再訪したいと思っている。
(=^・・^=)

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