スキップしてメイン コンテンツに移動

【レポ】最大距離走破!紀の川市の自宅〜伊勢湾を拝みにいきましたw…。

2014.04.12 土 晴れ。
昨日は、天気良かったですねー。私も例のごとく、自転車に乗っていました。しかも一日中! (・∀・)

行ったルートは、これ↓

お写真は、これ↓
2014-04-12


昨日は、最初、紀の川サイクリングロードを軽く走って往復する予定だったのです。それが、自宅をようやく出たのが、朝の9時というなんとも遅い時間でした。

快調に最初は、紀の川サイクリングロードを飛ばします。途中、何台も自転車が走っていました。みなさん、好きですなーw。^^;

そして、11時半に五條市の丹原のいつもの柿の葉寿司の田中に到着。ここ、土曜とあって、ものすごい人でした。私、独りだったので、気を利かしてくれて、テーブルの女性がどうぞ、と言ってくれて、すぐにお席にありつけました。感謝。

食べたのは、いつもの柿の葉寿司定食です。
 今日は、いいお天気でサイクリングに最高ですね、とお店の人。でも、花粉がすごいんですよ、と私。

ありがとう、とお礼を言って、店を後にします。さて、ここからはブルベのコースでも走って前回リベンジできんかった、女寄峠(みよりとうげ)を攻めようかと…。ここ、奈良の明日香を抜けて桜井から、榛原へ抜けるものすごい坂道なのです。しかもいやらしいことに、最初、実に長いだらだらとした坂道をさんざん登らされたあげくにやれやれ峠か?と安心させるやいなや、次の二段目の激坂が始まるとw…。(・∀・)

要するに自転車乗り泣かせのものすごい激坂なんです。とにかく距離が長い!
で、このへんまで来ますと、自宅からもうかなり距離も走っていますので、相当足にキテいます。そう、ふくらはぎあたりが:((´゙゚'ω゚')): ピクピクと…。

立ち止まって自転車を置いて、アキレス腱を伸ばしたりしてだましだましストレッチ攻撃です。もう完全につってしまったら、それ以上走れませんからね。

そして、途中何度か、これをやりながら、やっと頂上。しかし、ブルベの本コースは、トンネルではなく、左側の道を行くので、さらにまだ登りますw。(・∀・)

やっと峠に着くと、ポカリを一口飲み。ふぅー。やっとここまで来たわいと。
時間を見ますと、まだ14時なんですね。いくらんんでも早いなぁー。で、ここらで止めとけば、悲劇にもならずに済んだものをw…。(・∀・)

榛原を通過し、三本松の道の駅。ここ、鉄道駅と並行して走っているので、車のデポ地にいいな、と以前から考えてたんですが、実際に行ってみると、鉄道駅はかなり上の方で下から坂道を上らないといけないんですね。これは、しんどいわ。しかも急行止まらないし。

さらにエンジンかかってしまったrazziは、もう完全に三重県の伊勢湾を見てやろう、という魂胆に変わっています。iPhoneで地図をみると、自転車ならここから2時間ほどで走りきれるはず。しかし、これが甘かった!

途中、青山峠という大きな山越えが控えていたのでした。途中、ローアンドローでゆっくりゆっくりとヒルクライム。もうこの頃になると走行距離も100キロほどにもなっており、余力がほとんどありません。足も相当へばっています。しかし、途中、ブルベの格好をしたローディーにこんにちわ!と挨拶され、何台にも抜かれました。みなさん、それにしても早いわー、。(*´∀`)

で、青山峠頂上のトンネルを通過した途端、待ってました!のスーパーダウンヒル。一気にかいた汗が引き、身体が芯まで冷えきります。オー冷たい。やっぱやっけは持ってくるべきでしたな。

そして、下りきったセブン-イレブンでまた、休憩。トイレと。

今回は、細切れにコンビニに立ち寄り、補給&トイレを行いました。何より、これだけ、長距離を走るとなると、こまめな水分補給と栄養補給を行いながらいかないと途中、ハンガーノックになって続行できません。今は、定期的にコンビニが現れるので、ホントに助かってます。

いよいよ、薄暗がりとなってきた久居市内。右も左もまったくの私ですが、今は、iPhoneという伝家の宝刀がありますので、何も困りません。すぐにナビゲートして、目的地へ一直線。とうとう、18時半ごろ、真っ暗になった伊勢湾に到着。あたりは、工場地帯で、きれいな、工場の明かりがついています。ここで、自宅へ電話。オカン、曰く、アホか?どうやって帰るねん、って言われたので、当然、輪行で帰るよ、と。

さっき通過した、工場地帯入り口にあるローソンでまた、補給とトイレ。で、ゴミ箱片付けにきたお姉さんに、ここから伊勢中川駅までどれくらいある?って聴くと、相当ありますよ。10キロほどかなぁー?と言うと、そんなもんじゃない!とw…。(・∀・)

で、作戦変更です。もう時間も19時を過ぎており、明らかに今日中に家に帰れるかどうかの瀬戸際となってきました。いざとなりゃ、また、どこぞのネカフェでも、と思ったのですあ、やっぱ帰れるんなら帰って熱いお風呂に入りたい。

すると、ここからだと近鉄の久居駅が一番近い、ということになり、そこの決定。エッチらおっチラ。しかし、もう足は痛いし、手も痛いし、お尻も痛い。もう体中。それにかなりの疲労で、もう集中力もとぎれとぎれ。まさに限界状況なのでした。

そして、長い23号線との交差点で信号待ちしていたら、フラッと右側に傾いたのです。あかん!ととっさに思いましたが、もう遅いのでした。右足はしっかりとクリートに固定されたままなので、外れることもなく、そのまま肩から地面にたたきつけられました。しかし、頭はヘルメットかぶっているので、なんともなし。

あー、Σ(゚Д゚ υ) イタ!!たた。

思いっきり右手をついたので、手首が痛い! しかし、捻挫にはならず。無事。この辺。ホント、私は毎回ラッキーですな。そして、痛いのやら、サドルが少し曲がったのやら、気にせず、もう時間との戦いなので、久居駅に付いてすぐ、iPhoneを確認。乗り換えナビです。最短、最安で帰るには?と…。しかし、さすがの近鉄でももう土曜のこの時間20時くらいになると電車があまりない。安くてというと、上本町行きの快速急行が伊勢中川駅からあるんだけど、問題の大和高田から、JR高田駅への乗り換えがたったの10分なのです。これ、ものすごく嫌な予感。で、安全策を検討しますと、伊勢中川駅、20時55分初の特急上本町行きなら、大和高田駅に21時52分くらいに着くのでした。これなら、最終、和歌山線のJR高田駅22時27分初に乗れるかな?

なにせ、重い輪行袋を引きづっての歩きのため、見ている駅に移動、と行っても途中、歩道橋を担いだり、歩いたり…。死の行軍でしたよ。(・∀・)

で、どうにか、駅のエレベーターなどフル活用して、JR高田駅で、22時27分発粉河行き最終電車の車中の人となったのでした。

あー、助かった。いくら私でも、もうこの極限状況の体力の中でこのあたりから自走は不可能ですw。

で、深夜の23時58分に誰もいない静まり返ったJR粉河駅に着き、駅前で袋を畳んで、そこから自走で自宅まで帰りました。もうここからなら距離は8キロくらいなので、楽勝。しかし、寒い! この時期と言っても深夜はやっぱ冷えます。次回からはかならず、ヤッケは必須アイテムなのでした。

帰ってから、熱いお風呂に飛び込んで、今日一日の無事と完走した満足感に浸ったのは言うまでもありません。
((≡゚♀゚≡)

コメント

このブログの人気の投稿

ニューサイクリング誌なきあと…。

ニューサイクリングという雑誌を若かりし頃熱心に愛読していた。定期購読していて、毎号自宅に届くのを楽しみにしていたものである。その頃のNC誌には、活気があって、表紙なども実に旅情をそそる凝った写真であった。 中身は、ツーリング記事が中心で、林道の特集なども毎号シリーズ化されており、マニアにはよだれの出るような内容であった。自転車雑誌というよりは、山岳雑誌に似た雰囲気でもあり、山もやる人はすんなりと自転車の世界にも入れるような感じであった。 今年に入って、しばらくHPがリンク切れになってるな、と思ってたら、案の定廃刊となっていたようだ。そろそろまた、定期購読を開始しようかな、とか考えていたからショックは大きい。 しかし、NC誌の志はしっかりと引き継がれ、サイクルフィールドなる小冊子になって継続されているようだ。さっそくオオマエジムショさんのHP最後部のリンクからダウンロードして、PDFのその小冊子に目を通した。うん、マニアならおもしろがる内容で、他の自転車雑誌のようなレーサー中心思考でもなく、自転車旅行を愛する人なら思わずニヤリである。 いつも楽しみにしていた長谷川自転車商会さんの例のイラスト広告もしっかり残っている。浅麓堂さんの広告もここで見ることができる。 そのNC誌に長らく紀行文を寄稿されていた綿貫益弘氏の著書を今、読んでいる。「四万十・丹波」、麹町出版、1994 この本には、およそ、自転車旅行というものがどういうものかが網羅されている。最近、自転車を始めたが、自転車であちこちと旅行したいなー、と考えている人は一度読まれるとよい。最近、私も休暇を取れなく、自転車旅行から遠ざかっているが、この本を読むと、脳内を刺激され、一気に旅情ムードとなる。その詩的世界にどっぷりとハマって雨の一日を読み耽っていたわけだ。他には、同じ人の著書で、「まとまらない話」って本も持っている。どちらも今では稀覯本である。最後の一冊、「津軽から江差へ」がどうしても探求書リストに入ったままで未だ、手に入らない。見かけても法外な古書価格に圧倒され、手が出ないのである。 この本を読んでいると、自分が行った先の旅行を思い出し、夢想していた。思えば、極寒の2月、四国は四万十市、昔は中村市と言ったっけ。そこの某クロネコセンター前に佇み、愛車を袋から引っ張りだして、わっぱをはめて、...

結局、最強のカンチブレーキはシマノのBR-CX50だ!

 すっかり廃番になったものとばかり思っていたシマノのカンチブレーキで105グレードのものである。型番を BR-CX50 という。今も黄色タイヤのランドナーに付けている。私は、これのシューをロード用の舟に替えてシューをクールストップのサーモンに変更している。 よく効いて何よりもアーチワイヤーを開放しやすい。 これが輪行するときに一番楽である。スプリングをフックからすぐ外せるのがイイ。 あらゆる面で最高の使い心地で色々とカンチブレーキを物色してきたが、結局、最後はこのシマノのBR-CX50になる。一択だ。 ランドナーで使うのにより便利にするにはリンクワイヤーを止めて、吉貝のアーチワイヤーに換装するとよい。千鳥を併用するのである。そうすれば、Fキャリアとのアーチワイヤーの干渉問題も解決するし、調整もやりやすい。 まだ、一組取ってあるが、枯渇が心配される最右翼の部品ゆえ、スペアを買っておこうかと考えている。これにかなうカンチブレーキが他にない。さすがシマノ製だ。 迷わずに最初からこれにしておけば良かったな、と今更思っても後の祭り。もう吉貝を組み付けたが、ものすごく作業がしづらかった。 特にフロントキャリアがある場合、ブレーキハサミ工具が使えず、千鳥を固定しておいて、アーチワイヤをワイヤープーラーで引張り、その間にアーチワイヤーのボルトを止めるというアクロバティックな作業を強いられる。結構クリアランス調整が難航する。 ある程度、見極めてから、最後に反対側のアジャストボルトでクリアランスを調整するのがいい。 コツを知るまで調整に難航する部品であった。シマノ製はこういうところが簡単でいい。 (=^・・^=)

Wレバーの終焉。

 シマノが8速以上のWレバーの製造を辞めてからちょっと経つ。その影響かどうかわからないけど、憧れだったラレーのクラブスペシャルという自転車もカタログ落ちになった。今はもう製造されていないみたいです。 となると、これらWレバーの自転車を買った人たちはもし、故障するとなると大変に困るわけです。替えがないから。まあ、Wレバーに関しては吉貝など、作っているメーカーもあるのですが、フリクションでシマノのようにぱちぱちと変速が決まるわけではない。 もし、故障するとオークションで中古品を探すか、吉貝のフリクションのWレバーに換装するかという選択になりますね。 同時に心配なのが、フレームのパーツであるWレバーのカンパ型台座だったりします。これも枯渇すると、新たにWレバーを付けたフレームを発注できなくなりますね。 しかし、世間的に8速以上のWレバーの終焉となると、丸石などのランドナーの在庫も気になるところです。シマノのような世界的パーツメーカーが製造を辞めてしまうと、末端の完成車メーカーも部品の変更を余儀なくされます。 しかし、幸いにもというかランドナー完成車メーカーのためかどうかわからないけど、8速対応のSL−R400というクラリスグレードのWレバーはまだ製造されているみたいです。(^^) もっというと、Wレバーがなくなるとフォーク抜き輪行を得意とするランドナーの立ち位置も微妙となってきます。吉貝のWレバーは便利で10速まで対応可能なようですので、当分はこれで代替して使うことができますが、いかんせん価格が高い!それでメーカー車に採用されるかどうかはわかりません。 元々、Wレバーは今やそれほど売れる部品ではないので、どうしても価格は高くなりがちですね。いつ、シマノがWレバーの製造を辞めるかと思うとひやひやしますね。 今、ランドナー愛好家がストックしておくべき部品のイチオシは、Wレバーということになるでしょうか。ビンテージ品に走るという作戦もできなくはないですが、こちらは今の多段に対応していない可能性があり、モダンな多段のスプロケを使うつもりなら、やはりシマノか吉貝の今出ているWレバーが必要になりますね。 吉貝さんだけが上引きのフーデッドレバーも作ってくれているし、Wレバーも作ってくれている。ここが辞めてしまったらもうランドナーの完成車は作れなくなりますよ。ほんとに怖い。ストッ...