急に涼しくなった。しかし、私は、まだ半袖で過ごしている。職場にいると、動き回るので暑いくらいだ。寒く感じるのは、朝方と夕方くらいか。
この時期、風邪を引く人が多くなる。私の周囲にも咳をしている人が目立ち始めた。私は、頑丈なのか、まだ、風邪を引いていない。
私なりの対策はとにかく充分な睡眠時間である。だいたい、早寝のことは前に書いたが、夜中途中、トイレに行く以外、よく寝ていると思う。
季節の変わり目になると、私の場合、眼精疲労がひどくなる。なぜかわからないが、右の方がひどいようだ。背中がどういうわけか側弯症といって、中学の頃より、曲がっているらしい。その影響かもしれない。そのため、正面写真を取ると、小首をかしげたように片方に顔が傾いているように写ることが多い。意識して時々、まっすぐにしようとするが、無意識になると、また、小首をかしげているような感じになる。
他にも季節の変わり目にはいろいろな症状が出てくる。肩こりもその一つ。パソコンに向かうことが多いため、どうしても目から順番に肩が凝ってくる。時々、首を激しく左右に振って、ボリボリ鳴らすことが癖になってしまっている。あまり身体によくないと言われているが、どうしても止められない。
歯は数年前に治療してからは、あまり痛くないようになった。しかし、以前は、季節の変わり目になると腫れたり、痛んだりしたものだ。
●
自転車の方は徐々に走っている。走るというより、のんびりと漕いで行くという方が私の乗り方には合っている。この年になると、もう決して無理をしないようにしている。特に翌日に疲れが残るような無茶な乗り方は絶対にしない。一日の距離も50km前後で十分だ。
歳とともに身体もメンテナンスしながら、じっくり使うようにするといいようだ。晩酌を止めてからもう二月になる。調子は相変わらずいい。
この日、月曜日は晴れるような感じなので、また、お気に入りの英車もどきにまたがり、のんびり漕いで行く予定でいる。
(=^・・^=)
2016/10/13
2016/10/12
瀞八丁の地形に興味津々…。
朝から、グーグルマップで瀞八丁を見ていた。観光遊覧船でめぐるのが本来の楽しみだとは思うが、ここをいつか調査してみたいとずっと思っている。
ぎりぎり日帰りエリアではある。車に自転車を車載して、適当な場所にデポし、そこから往復ピストンである。
木津呂という土地がどうも気になる。昔、橋がなく、渡し場があったそうな。その遺構を見に行きたいとかねがね思っているが、まだ、念願かなっていない。
噂によると、この辺の高台から、瀞八丁の絶景が見えるらしい撮影スポットがあるようだ。そこからの瀞八丁の眺めも素晴らしいに違いない。
北山川がちょうど馬蹄形のような感じで蛇行していて、まさに秘境の雰囲気だ。あまり人も訪れていないようだし、ここへ一度行きたいな、と考えている。帰りは、新築になったばかりの湯の口温泉でゆっくり浸かってから帰りたい。
(=^・・^=)
ぎりぎり日帰りエリアではある。車に自転車を車載して、適当な場所にデポし、そこから往復ピストンである。
木津呂という土地がどうも気になる。昔、橋がなく、渡し場があったそうな。その遺構を見に行きたいとかねがね思っているが、まだ、念願かなっていない。
噂によると、この辺の高台から、瀞八丁の絶景が見えるらしい撮影スポットがあるようだ。そこからの瀞八丁の眺めも素晴らしいに違いない。
北山川がちょうど馬蹄形のような感じで蛇行していて、まさに秘境の雰囲気だ。あまり人も訪れていないようだし、ここへ一度行きたいな、と考えている。帰りは、新築になったばかりの湯の口温泉でゆっくり浸かってから帰りたい。
(=^・・^=)
2016/10/11
九度山から高野山へ町石道を歩く…。
2007.4.15
仲間と高野山へ向けて、九度山駅から町石道を歩きました。その時の記憶です。
途中通過した丹生都比売神社はちょうど祭りの真っ最中で、時代絵巻が見れました。
太鼓橋もきれいな橋だったけど、渡るのは怖かった。
昔は、こうしたルートで高野山へ参拝していたのですな。
途中、かなりバテたので高野線でショートカットして、高野山に登り、高野山で精進料理と思ったけど、あいにく、時間切れで店が閉まってて、中華料理屋さんで食べたっけ。しかし、ここのおばちゃんが面白く、料理も美味しかったな…。
高野山に行かれる方は、観光バスルートより、こうした徒歩のルートの方がオススメ。今、九度山は大河ドラマの影響か、すごい賑わいになってます。
(=^・・^=)
南海高野線の九度山駅。ここからスタートです。
真田庵。
早くも鯉のぼりが泳いでおりました。
さすが、真田庵近くだけあって猿飛佐助の道標があった。
女人高野の慈尊院ですな。
慈尊院境内には、愛犬だったゴンの碑がありました。参拝客を送り迎えしたのだとか…。
九度山もかなり登ってきたら、眼下に橋本方面の景色が広がりました。
本格的に町石道コースになりました。
古のルートです。
丹生都比売神社の太鼓橋。桜も咲いてますね。
世界遺産となった丹生都比売神社です。ちょうどこの日はお祭りの日でラッキーでした。先頭を天狗が歩きます。下駄が一本下駄で不安定なのにすごい。
こうした古民家もありました。
天野の里が眼下に見えます。
里山を歩きます。気持ちいいコースです。
高野山の根本大塔です。
仲間と高野山へ向けて、九度山駅から町石道を歩きました。その時の記憶です。
途中通過した丹生都比売神社はちょうど祭りの真っ最中で、時代絵巻が見れました。
太鼓橋もきれいな橋だったけど、渡るのは怖かった。
昔は、こうしたルートで高野山へ参拝していたのですな。
途中、かなりバテたので高野線でショートカットして、高野山に登り、高野山で精進料理と思ったけど、あいにく、時間切れで店が閉まってて、中華料理屋さんで食べたっけ。しかし、ここのおばちゃんが面白く、料理も美味しかったな…。
高野山に行かれる方は、観光バスルートより、こうした徒歩のルートの方がオススメ。今、九度山は大河ドラマの影響か、すごい賑わいになってます。
(=^・・^=)
南海高野線の九度山駅。ここからスタートです。
真田庵。
早くも鯉のぼりが泳いでおりました。
さすが、真田庵近くだけあって猿飛佐助の道標があった。
女人高野の慈尊院ですな。
慈尊院境内には、愛犬だったゴンの碑がありました。参拝客を送り迎えしたのだとか…。
九度山もかなり登ってきたら、眼下に橋本方面の景色が広がりました。
本格的に町石道コースになりました。
古のルートです。
丹生都比売神社の太鼓橋。桜も咲いてますね。
世界遺産となった丹生都比売神社です。ちょうどこの日はお祭りの日でラッキーでした。先頭を天狗が歩きます。下駄が一本下駄で不安定なのにすごい。
こうした古民家もありました。
天野の里が眼下に見えます。
里山を歩きます。気持ちいいコースです。
高野山の根本大塔です。
2016/10/10
思い出のビワイチ…。
大津を出て湖岸道路をひた走る。
突然の雨に地下通路へ緊急避難。
やれやれ、やっと雨も上がり、出発。
湖岸道路はところどろこわかりにくい。
琵琶湖はやっぱでかい。海のような雰囲気。
これから向かう近江八幡方面が見える。
水草が多いな。
風が強烈。向かい風だよ。(;´д`)トホホ…。
時々、休憩してはボォーと行き交う船を見てたりする。
風車があちこちにありました。
風を遮るものがないので、向かい風なら、最悪です。
風は収まらない。次第に体力限界に…。
また、風車があった。
近江八幡ユースホステルに到着。建物がレトロで渋い。
湖岸道路を進みます。
時々漁港があった。海のようですな。
ここらの田んぼは広大で、坂はないけど、風が強い。
彦根城。やっとこさ、ここまで来たか…。
またもや、降り出しそうな怪しげな雲が…。
だんだん、暗くなってきたよ。
雨宿りするとこなし。ピンチ。
東屋を見つけ、休憩。
2007.9.15
もう随分と昔の話になります。雨に祟られたり、風にやられたり、のビワイチでした。
琵琶湖をのんびりと二泊三日で廻りました。一泊目は、近江八幡のYH。二泊目は、近江高島のホテル。終始向かい風との戦いでした。
一日目は、とにかく出発時から雨にやられ、地下通路へ緊急避難。ちょっと晴れ間が出てきたので、そろそろ行けるかと思いきや、降ったり止んだり…。うーん。泥除けがないとやっぱりだめですなー。これ、実感。旅行車は絶対に泥除け必須なのだ。
さて、お尻のひんやり感を味わいつつ、今夜のお宿の近江八幡YHを目指します。湖岸道路は、ちょっとややこしく、瀬田川のところで、迷い込み、川沿いに走ってしまって、かなり難儀したことを覚えています。
やっとこさ、湖岸道路へ戻ると、今度は強烈な向かい風との戦い。経験したことのないほどの向かい風でした。これが、琵琶湖というものか、と思い知らされた。
やがて、あたりは日暮れに差し掛かり、道路を迷ったりしたのが祟って、時間ロス。真っ暗闇に。しかも、あろうことか、湖岸道路を近江八幡市内へ急ぐあまりに降りてしまった。もう田んぼの真中で真っ暗であり、YHへ携帯電話でSOS。夕食を用意してくれて待っていてくれると…。丁寧に道案内していただき、19時ごろ、無事到着。
ここでは別料金で名物の近江牛を食べさせてくれるらしいが、お値段もそれなりになるため、今回はパス。なにせ、建物が明治建築だとかでとってもレトロ。同宿の若者と語らい、出発時に記念撮影。他にもママさんバレーの団体さんとか泊まってたな。
翌朝、快晴。彦根を過ぎるあたりから、湖岸沿いに道の駅がちらほらとありました。立ち寄り、休憩。いったん休憩すると、次出発するのがおっくうだ。しかし、琵琶湖。でかいですなー。景色もあまり変わらず。やがて、奥琵琶湖。一番の難所です。意外と上りがキツイ。足が吊りそうで悲鳴を上げる。
近江高島手前になると雷鳴が轟く。道端の鉄工所の軒先へ緊急避難。同じようにバイクの兄ちゃんも避難してきた。ちょっとお話する。聴くと、あてにしてる今夜の宿はもうすぐそことのこと。
高島のホテルに到着。中学生の団体さんが泊まりにきていて、うるさいこと。ま、しゃーないな。
翌朝は、またもや晴れ。のんびりと湖西線沿いに走り、終点は、出発時と同じ大津。ここで愛車をバラシ、袋へ入れて、電車で帰って参りました。
琵琶湖を最近はビワイチと称し、一日でライドするのが流行りのようですが、私は連泊でのんびりと食ったり飲んだりで行くのがやはり好みですな。
(=^・・^=)
突然の雨に地下通路へ緊急避難。
やれやれ、やっと雨も上がり、出発。
湖岸道路はところどろこわかりにくい。
琵琶湖はやっぱでかい。海のような雰囲気。
これから向かう近江八幡方面が見える。
水草が多いな。
風が強烈。向かい風だよ。(;´д`)トホホ…。
時々、休憩してはボォーと行き交う船を見てたりする。
風車があちこちにありました。
風を遮るものがないので、向かい風なら、最悪です。
風は収まらない。次第に体力限界に…。
また、風車があった。
近江八幡ユースホステルに到着。建物がレトロで渋い。
湖岸道路を進みます。
時々漁港があった。海のようですな。
ここらの田んぼは広大で、坂はないけど、風が強い。
彦根城。やっとこさ、ここまで来たか…。
またもや、降り出しそうな怪しげな雲が…。
だんだん、暗くなってきたよ。
雨宿りするとこなし。ピンチ。
東屋を見つけ、休憩。
2007.9.15
もう随分と昔の話になります。雨に祟られたり、風にやられたり、のビワイチでした。
琵琶湖をのんびりと二泊三日で廻りました。一泊目は、近江八幡のYH。二泊目は、近江高島のホテル。終始向かい風との戦いでした。
一日目は、とにかく出発時から雨にやられ、地下通路へ緊急避難。ちょっと晴れ間が出てきたので、そろそろ行けるかと思いきや、降ったり止んだり…。うーん。泥除けがないとやっぱりだめですなー。これ、実感。旅行車は絶対に泥除け必須なのだ。
さて、お尻のひんやり感を味わいつつ、今夜のお宿の近江八幡YHを目指します。湖岸道路は、ちょっとややこしく、瀬田川のところで、迷い込み、川沿いに走ってしまって、かなり難儀したことを覚えています。
やっとこさ、湖岸道路へ戻ると、今度は強烈な向かい風との戦い。経験したことのないほどの向かい風でした。これが、琵琶湖というものか、と思い知らされた。
やがて、あたりは日暮れに差し掛かり、道路を迷ったりしたのが祟って、時間ロス。真っ暗闇に。しかも、あろうことか、湖岸道路を近江八幡市内へ急ぐあまりに降りてしまった。もう田んぼの真中で真っ暗であり、YHへ携帯電話でSOS。夕食を用意してくれて待っていてくれると…。丁寧に道案内していただき、19時ごろ、無事到着。
ここでは別料金で名物の近江牛を食べさせてくれるらしいが、お値段もそれなりになるため、今回はパス。なにせ、建物が明治建築だとかでとってもレトロ。同宿の若者と語らい、出発時に記念撮影。他にもママさんバレーの団体さんとか泊まってたな。
翌朝、快晴。彦根を過ぎるあたりから、湖岸沿いに道の駅がちらほらとありました。立ち寄り、休憩。いったん休憩すると、次出発するのがおっくうだ。しかし、琵琶湖。でかいですなー。景色もあまり変わらず。やがて、奥琵琶湖。一番の難所です。意外と上りがキツイ。足が吊りそうで悲鳴を上げる。
近江高島手前になると雷鳴が轟く。道端の鉄工所の軒先へ緊急避難。同じようにバイクの兄ちゃんも避難してきた。ちょっとお話する。聴くと、あてにしてる今夜の宿はもうすぐそことのこと。
高島のホテルに到着。中学生の団体さんが泊まりにきていて、うるさいこと。ま、しゃーないな。
翌朝は、またもや晴れ。のんびりと湖西線沿いに走り、終点は、出発時と同じ大津。ここで愛車をバラシ、袋へ入れて、電車で帰って参りました。
琵琶湖を最近はビワイチと称し、一日でライドするのが流行りのようですが、私は連泊でのんびりと食ったり飲んだりで行くのがやはり好みですな。
(=^・・^=)
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