もうかれこれ9年前になるが、ポタログでは収録していないので、紹介したい道がある。熊野古道の大辺路と呼ばれるルートに長井坂という場所がある。出発地点は、JR周参見駅からJR見老津駅である。
途中、ユニークなイルカの建物とかがあったり、古の道という雰囲気があって、この熊野古道はお気に入りのコースである。自転車でも無理をすれば通れないことはないが、途中、長井坂という激坂のつづら折りを登らされるので、まともな神経の人は止めておいた方が無難だろう。
長井坂を登りきった尾根道からの枯木灘の眺望は、それはそれは素晴らしい! 眼下に広がる太平洋の海風を受けながら、いつまでも眺めていたいような絶景である。熊野古道が世界遺産となるまでは、こうした道は忘れ去られていたようだ。
問題点は、周参見駅へ戻る電車が本数が少ないため、中途半端な時間だと見老津駅でかなり待つことになることだ。見老津駅は太平洋に面した駅で、好きな駅である。ただ、駅前には何もない。だから、待つのが苦難な人はまた、国道を歩いて戻るというのも一考である。ま、お金に余裕があれば、タクシーを呼んで戻ればいいだけだ。
ちょっとした日帰りウォークで、気軽に行けるが、なにせ遠い。和歌山からだとそうでもないが、大阪、京都方面からだとまず、泊りのがよいと思う。
↑長井坂の案内看板。
↑つるし柿があったよ。 秋ですな。
↑この辺はまだ楽勝。ハイキングのような感じ。
↑まさに熊野古道という感じ。
↑空き家が多い。過疎の村ですな。
↑おぉ! なんだこれは! イルカにそっくりな民家があったよ。
↑イルカの尻尾ですかね? (・∀・)
↑みかんも実っておりました。
↑しかし村人はどこへ? 誰もいないw。
↑ここにも空き家が。
↑さてと、あの橋を渡っていよいよ長井坂本番開始です。
↑長井坂の本場である。つづら折りの激坂が200mほども続く。
↑まだ、頂上の尾根道には出ない。
↑ようやく明るくなってきて、尾根道が近くなってきた。
↑長井坂をやっとのことで登りきり、尾根道に出た。
↑尾根道からの枯木灘の眺望。素晴らしい!
↑静かなハイキング道のよう。
↑尾根道は歩きやすく、後は、もう見老津駅まで楽勝です。
↑時々、太平洋が見える。
↑ 古の雰囲気がいいですな。
↑枯木灘をずっと眺めていたいような素晴らしい絶景です。
↑道標かな? 石碑があたったけど、碑文が読めない。
↑もうすぐ見老津駅。後は下るだけ。
↑何やらキノコが生えてますな。
↑眼下に見老津駅が見えてきましたよ。
↑さてと、しばらく座って電車を待ちますか…。
2016/10/01
2016/09/29
パークアンドライドを考える…。
パークアンドライドという言葉を最近よく見かけるようになった。私のように大都市の辺境に住む者にとっては、大都市への通勤が実に大変だったりする。もちろん、郊外の駅まで自家用車で行き、駅近に停めてそこから電車で都心部まで通えばいいのである。数年前に私は、大阪の日根野駅近郊に駐車場を借り受け、そこへ自家用車を停めて、岸和田へ通勤していたことがあった。実に便利である。全線、電車を利用すると、ローカル線への乗り換えの際にちょうどいい時間帯に電車がなく、和歌山駅で延々1時間近くも待ったことなどざらであった。
さて、今日は、通勤ではなく、輪行について、このパークアンドライドを利用してる私の意見である。カーサイクリングは実に手軽で遠方への出撃を可能にしてしまう。元来、絶対に泊まりでないと無理なエリアでも車を使えば、気軽に日帰りできてしまう。ただ、難点は一筆書きのコースになるため、必ず出発点に戻ってこないといけないこと。これが、なかなかに苦痛である。
では、と考えたのが、車と電車の併用である。
まず、遠方の駅隣に駐車場のある場所を見つけ、そこへ車をデポする。なぜかというと、帰りに輪行で帰ってきても駅から出てすぐ目の前に駐車場があれば、そのまま袋ごと積めば済んでしまう。この手軽さのためにわざわざ、鉄道駅の前に駐車場のある駅を探している。
いつもよく利用しているのは、五条駅、湯浅駅、御坊駅、周参見駅、紀伊田辺駅、新宮駅、阿田和駅である。駅から、100m以内に駐車場があるのが条件だ。それ以上となると、重たい輪行袋を担いでの歩きが堪える。
今後は行動範囲を広げて、もっと日帰りできるエリアを拡大していきたいと考えている。うちは、北に大阪市という大都会が控えているため、大都市近郊の路線は非常に混雑し、輪行しずらいものがある。
首都圏だったりすると、土日でも結構な混雑なので、都心へ乗り入れる路線への輪行はためらわれるのではないかな。
いい方法を言うと、郊外の駅まで輪行していって、そこから都心へ向けて自走するという逆の発想もあるが、車の多い都会の道はやはり私はできるなら、走りたくないわけである。
パークアンドライドを活用した輪行には他にもメリットがある。帰りに温泉に入ったり、お土産を買ったりできること。母艦にいったん戻れば、もう後は、楽勝なので、荷物が増えてもへっちゃらである。サイクリング以外に帰りに温泉でゆっくりとして、仮眠し、また帰るという方法も取れる。最近は、これが多かったりする。 今はさらにガソリン価格が安いので、遠距離ほどお得となる。
鉄道だけの輪行にも楽しみはあることはある。缶ビールとつまみを買い込み、車中の人となったら、後は極楽である。しかし、ブルートレインが廃止され、なんでもかんでもスピード優先となってしまってはなんだか味気ないのである。
いつもしまなみ海道へは新幹線で行っていたけど、次回行くなら、在来線で行きたいな、と考えたりしている。
(=^・・^=)
さて、今日は、通勤ではなく、輪行について、このパークアンドライドを利用してる私の意見である。カーサイクリングは実に手軽で遠方への出撃を可能にしてしまう。元来、絶対に泊まりでないと無理なエリアでも車を使えば、気軽に日帰りできてしまう。ただ、難点は一筆書きのコースになるため、必ず出発点に戻ってこないといけないこと。これが、なかなかに苦痛である。
では、と考えたのが、車と電車の併用である。
まず、遠方の駅隣に駐車場のある場所を見つけ、そこへ車をデポする。なぜかというと、帰りに輪行で帰ってきても駅から出てすぐ目の前に駐車場があれば、そのまま袋ごと積めば済んでしまう。この手軽さのためにわざわざ、鉄道駅の前に駐車場のある駅を探している。
いつもよく利用しているのは、五条駅、湯浅駅、御坊駅、周参見駅、紀伊田辺駅、新宮駅、阿田和駅である。駅から、100m以内に駐車場があるのが条件だ。それ以上となると、重たい輪行袋を担いでの歩きが堪える。
今後は行動範囲を広げて、もっと日帰りできるエリアを拡大していきたいと考えている。うちは、北に大阪市という大都会が控えているため、大都市近郊の路線は非常に混雑し、輪行しずらいものがある。
首都圏だったりすると、土日でも結構な混雑なので、都心へ乗り入れる路線への輪行はためらわれるのではないかな。
いい方法を言うと、郊外の駅まで輪行していって、そこから都心へ向けて自走するという逆の発想もあるが、車の多い都会の道はやはり私はできるなら、走りたくないわけである。
パークアンドライドを活用した輪行には他にもメリットがある。帰りに温泉に入ったり、お土産を買ったりできること。母艦にいったん戻れば、もう後は、楽勝なので、荷物が増えてもへっちゃらである。サイクリング以外に帰りに温泉でゆっくりとして、仮眠し、また帰るという方法も取れる。最近は、これが多かったりする。 今はさらにガソリン価格が安いので、遠距離ほどお得となる。
鉄道だけの輪行にも楽しみはあることはある。缶ビールとつまみを買い込み、車中の人となったら、後は極楽である。しかし、ブルートレインが廃止され、なんでもかんでもスピード優先となってしまってはなんだか味気ないのである。
いつもしまなみ海道へは新幹線で行っていたけど、次回行くなら、在来線で行きたいな、と考えたりしている。
(=^・・^=)
2016/09/27
体調は変わらいないが、アバラが痛い…。
20日の台風16号の日によせばいいのに、深いゴミ箱の底に手を突っ込んで無理をし、右脇腹を痛めつけて、早一週間が経過した。
骨にヒビが入っているのか、痛みはまだ治まらない。毎晩、湿布を張替え、ご機嫌を伺うが、一向に治る気配がない。右下にしてときどき寝る体制を変えるのであるが、右下にするとどうしても痛い。我慢ならず、また左下、仰向けとなる。
この循環を一晩中繰り返すものだから、朝になると、背中の筋肉が凝ってしまって辛いことになる。
早く全快して、自転車に颯爽と乗りたいのであるが、どうも時間がかかるようだ。
話は変わるが、落車経験は誰しもあるはず。
私の場合、紀伊半島のど真ん中の安川大塔林道を新宮からやったときに国道168号の本宮へ向かう途中で悲劇は起きた。左側に深い溝があり、水は流れていないものの、さすがは熊野。長年の風雨で苔がびっしりと左側路側帯に生えている。やばいなぁー、と一瞬思ったが遅かった。みるみるハンドルをとられ、スリップし、必死に体制を立て直そうとするが、おそかりし…。
そのまますべて左の溝へ落ちる。とっさに左手を差し出し突っ張る格好になった。後から愛車が降ってきた。
その時はなんともなかったのであるが、これが、大塔林道を走り、ピークを越えて、富田へ抜けるあたりからじんじんと痛みだした。我慢ならず、ときどき立ち止まっては、痛みが引くのを待つという作戦。
朝来駅に着くまでずっとこの作戦が続く。
翌朝は左手の甲まで腫れ上がり、痛みで曲げ伸ばしもできず、パンツを上げるのも片手でという情けない格好になった。
ちょうど、翌朝も休みだったため、知り合いの整形へ走り込む。レントゲンの結果は骨に異常なし。やれやれである。しっかりと匂いのきつい膏薬を渡され帰宅する。
痛みは10日ほども続いた。
今回は肋骨である。肋骨はたちが悪い。なかなかに治りが遅いようだ。呼吸をだましだまし行いつつ、いったいいつまでヨガのポーズのような格好をしながら寝ないといけないのか、と思うと辛い。
(=^・・^=)
骨にヒビが入っているのか、痛みはまだ治まらない。毎晩、湿布を張替え、ご機嫌を伺うが、一向に治る気配がない。右下にしてときどき寝る体制を変えるのであるが、右下にするとどうしても痛い。我慢ならず、また左下、仰向けとなる。
この循環を一晩中繰り返すものだから、朝になると、背中の筋肉が凝ってしまって辛いことになる。
早く全快して、自転車に颯爽と乗りたいのであるが、どうも時間がかかるようだ。
話は変わるが、落車経験は誰しもあるはず。
私の場合、紀伊半島のど真ん中の安川大塔林道を新宮からやったときに国道168号の本宮へ向かう途中で悲劇は起きた。左側に深い溝があり、水は流れていないものの、さすがは熊野。長年の風雨で苔がびっしりと左側路側帯に生えている。やばいなぁー、と一瞬思ったが遅かった。みるみるハンドルをとられ、スリップし、必死に体制を立て直そうとするが、おそかりし…。
そのまますべて左の溝へ落ちる。とっさに左手を差し出し突っ張る格好になった。後から愛車が降ってきた。
その時はなんともなかったのであるが、これが、大塔林道を走り、ピークを越えて、富田へ抜けるあたりからじんじんと痛みだした。我慢ならず、ときどき立ち止まっては、痛みが引くのを待つという作戦。
朝来駅に着くまでずっとこの作戦が続く。
翌朝は左手の甲まで腫れ上がり、痛みで曲げ伸ばしもできず、パンツを上げるのも片手でという情けない格好になった。
ちょうど、翌朝も休みだったため、知り合いの整形へ走り込む。レントゲンの結果は骨に異常なし。やれやれである。しっかりと匂いのきつい膏薬を渡され帰宅する。
痛みは10日ほども続いた。
今回は肋骨である。肋骨はたちが悪い。なかなかに治りが遅いようだ。呼吸をだましだまし行いつつ、いったいいつまでヨガのポーズのような格好をしながら寝ないといけないのか、と思うと辛い。
(=^・・^=)
印象に残っているユースホステル…。真鍋島のYH。
今から8年前に瀬戸内海の真鍋島というところに行きました。岡山の笠岡から船に揺られて1時間くらいだったと思います。
三虎YHという名前のYHで今は廃業しているのかな?
採れたての魚を食わせるいいお宿でした。自家製の天文台とかもあって一風変わったYHでしたね。そこで、同宿だった一人の青年。仕事を辞めたばかりとのこと。自分探しの旅に出てきたとのことでした。このときは、私は、自転車は持参してなく、きままな一人旅でした。
僻地と聴くといてもたってもいられず、行きたくなる性分でして、このときは、確か、金田一耕助の映画のロケ地だとの噂で行ってみました。ひなびた漁村風景で、どの家も浜に張り付いており、小さな路地から見える海がいい感じでした。それにしても猫が多かったのを記憶しています。船を待つ間、しばらく集まってきた猫ちゃんたちと戯れ、島を後にしました。
その後は、毒ガス製造の悲劇の島、奥野島に渡り、今はうさぎの楽園となっている島を堪能して、帰りました。呉線に初めて乗ったのもこのときでした。駅近くになぜか、アヲハタジャムの会社があったのを覚えています。旅の遠い記憶…。また、自転車を引っさげて行きたいもんだと回想しております。
三虎YHという名前のYHで今は廃業しているのかな?
採れたての魚を食わせるいいお宿でした。自家製の天文台とかもあって一風変わったYHでしたね。そこで、同宿だった一人の青年。仕事を辞めたばかりとのこと。自分探しの旅に出てきたとのことでした。このときは、私は、自転車は持参してなく、きままな一人旅でした。
僻地と聴くといてもたってもいられず、行きたくなる性分でして、このときは、確か、金田一耕助の映画のロケ地だとの噂で行ってみました。ひなびた漁村風景で、どの家も浜に張り付いており、小さな路地から見える海がいい感じでした。それにしても猫が多かったのを記憶しています。船を待つ間、しばらく集まってきた猫ちゃんたちと戯れ、島を後にしました。
その後は、毒ガス製造の悲劇の島、奥野島に渡り、今はうさぎの楽園となっている島を堪能して、帰りました。呉線に初めて乗ったのもこのときでした。駅近くになぜか、アヲハタジャムの会社があったのを覚えています。旅の遠い記憶…。また、自転車を引っさげて行きたいもんだと回想しております。
2016/09/26
またユースホステルに泊まりたいな…。
私、自転車旅行の定番宿は、ユースホステルでした。最近は、仕事が過密になり、ほとんど宿泊をかねたサイクリングに行っていません。寂しい限り。
また、連泊のサイクリングなどに行きたいなーと漠然と考えております。たぶん、仕事をリタイアしてからのことになると思われますが、最近、YHが衰退の一途を辿っているとか…。若者の宿として確固たる地位を築いておったのですが、最近は、若者より、年寄りが多い宿になってしまった感があります。実際、私が泊まったYHにも熟年夫婦が泊まってたり、というのが実に多かったです。それと、ちょっとシーズンを外れると、宿泊者はガラガラで、ほとんど貸し切りのような状態でした。
YHが衰退すると何が困るか、というと、サイクリングの計画が建てにくい! というのがあります。だいたい、ちょうどいいサイクリングの走行距離だいたい100kmくらいごとに昔は、YHが点在していて、それらを結ぶと自然と旅行プランができあがったのですが、最近は、和歌山県なんて数えるほどしかYHがなく、こうしたプランを考えることが無理になっております。
YHはお互い知らない者どうしが、相部屋になることが多々あり、それがまた、旅の楽しみでもありました。だいたい、サイクリストやバックパッカーなんかが多く、一人旅も多かったですね。
リタイアしたら、YHをサイクリングでつないで、全国まわりってな夢を持っています。そう遠くない将来にこれは実行できそうです。仕事がハードでも、これが支えになっておるようなわけw。YHを利用した長距離サイクリング。これ、面白そう。私は、どっちかというとキャンプより、宿泊派です。キャンプも嫌いではないけど、自転車ではたぶんしないと思います。やるなら、キャンプは車。カーキャンですな。
最近は、行きたい場所にちょうどいいYHがないため、民宿利用となっていますが、民宿もまた、おもしろいな、と最近思っております。
今治で人気のない安い民宿を探していて泊まったけど、老夫婦はまだ、元気にやってるのかしら? 翌朝、元気に玄関先でしまなみ海道へ旅立つ私を見送ってくれましたっけ…。
あー、イケマセン。旅行のことを考え出すと、次から次に過去の思い出が蘇り、旅行に行きたくてたまらなくなってくるのでした。貧乏暇なし、とはよく言うもので、最近は、ちまちまと部品を買ってはつけたり外したりの毎日です。自転車愛好家というよりは、盆栽をいじっているような感覚になりつつあり、これはいけないと、走りに行ったりしておるところです。
(=^・・^=)
また、連泊のサイクリングなどに行きたいなーと漠然と考えております。たぶん、仕事をリタイアしてからのことになると思われますが、最近、YHが衰退の一途を辿っているとか…。若者の宿として確固たる地位を築いておったのですが、最近は、若者より、年寄りが多い宿になってしまった感があります。実際、私が泊まったYHにも熟年夫婦が泊まってたり、というのが実に多かったです。それと、ちょっとシーズンを外れると、宿泊者はガラガラで、ほとんど貸し切りのような状態でした。
YHが衰退すると何が困るか、というと、サイクリングの計画が建てにくい! というのがあります。だいたい、ちょうどいいサイクリングの走行距離だいたい100kmくらいごとに昔は、YHが点在していて、それらを結ぶと自然と旅行プランができあがったのですが、最近は、和歌山県なんて数えるほどしかYHがなく、こうしたプランを考えることが無理になっております。
YHはお互い知らない者どうしが、相部屋になることが多々あり、それがまた、旅の楽しみでもありました。だいたい、サイクリストやバックパッカーなんかが多く、一人旅も多かったですね。
リタイアしたら、YHをサイクリングでつないで、全国まわりってな夢を持っています。そう遠くない将来にこれは実行できそうです。仕事がハードでも、これが支えになっておるようなわけw。YHを利用した長距離サイクリング。これ、面白そう。私は、どっちかというとキャンプより、宿泊派です。キャンプも嫌いではないけど、自転車ではたぶんしないと思います。やるなら、キャンプは車。カーキャンですな。
最近は、行きたい場所にちょうどいいYHがないため、民宿利用となっていますが、民宿もまた、おもしろいな、と最近思っております。
今治で人気のない安い民宿を探していて泊まったけど、老夫婦はまだ、元気にやってるのかしら? 翌朝、元気に玄関先でしまなみ海道へ旅立つ私を見送ってくれましたっけ…。
あー、イケマセン。旅行のことを考え出すと、次から次に過去の思い出が蘇り、旅行に行きたくてたまらなくなってくるのでした。貧乏暇なし、とはよく言うもので、最近は、ちまちまと部品を買ってはつけたり外したりの毎日です。自転車愛好家というよりは、盆栽をいじっているような感覚になりつつあり、これはいけないと、走りに行ったりしておるところです。
(=^・・^=)
2016/09/25
今月のお買い物。KCNCのジョッキープーリー…。
晩酌を止めてから、早一ヶ月が過ぎました。体調は快調であります。お腹周りが一回りスリムになりました。(^^) 自称アル中だとばかり思っていて、断酒すれば、飲まずに手が震えたりせねばいいが、と思い込んでおりましたところ、とりこし苦労だったようで、ホッとしております。ε-(´∀`*)ホッ
晩酌を止めると他にもいいことがありました。そーです。お金が溜まります。そのまま貯金でもいいけど、毎月、ささやかな楽しみとして、私の場合、部品の購入があります。TOEIの愛車も組み立ててから早3年ほどになります。その間、徐々にあちこちいじってきましたが、今回は、ブルーのプーリーを買ってみました。
KCNCは台湾製の気の利いた逸品でありまして、その製造コンセプトはとにかく軽量。マシンの軽量化を目指す人の一押しパーツでもありますな。しかし、私の場合は、軽量化が目的ではなく、見た目のカラーリングだったりします。しかもいいことにこのパーツ、ベアリングが入っていて、回転がスムーズ。これがイイ。
プーリーなる部品は、自転車の中では、一番回転している過酷な環境の部品になるかと思われ、そこに今回、メスを入れるわけです。私の使っているような安い変速機はブッシュ方式で、ベアリングがプーリーに入ってないようです。ですので、ここを是非にグレードアップしてやりたかった、というのがあります。
このTOEI号は、黒のフレームカラーにしてあるのは、わざとで、廻りに青を基調としたスモールパーツを散りばめてパーツ群を引き立たせようとの魂胆であります。
例で言うと、今まで、ブレーキ本体、ボトルゲージ、アウターワイヤー、バーエンド、QRシートピン、ハブのQRなどなどです。
本当のことを言うと、マッドガードもブルーメタリックに塗装してやりたいのですが、塗装技術に自信がないので、やってません。
こうしたスモールパーツによる視覚へのアプローチは、オリジナリティを引き立たせるもうひとつのやり方ではないでしょうか。
カラーパーツ収集は、小さなネジなど、カタログで探せば意外なものが見つかりますよ。これも趣味の楽しみの一つですかね。
(=^・・^=)
紀の川サイクリングロード。毎度のポタリング。
すっかり秋らしい日和になりました。
日曜日、朝から紀の川周辺をポタリングしてきました。
暑さも一段落し、紀の川サイクリングロードには、たくさんのサイクリストが走るようになりました。本日は、ちょっと足を伸ばし、妙寺の三谷橋まで行って、渡って北岸のサイクリングロードを走って、道の駅紀の川万葉の里で休憩し、竹房橋を渡って帰還しました。
このコースのいいところは、ほとんどが自転車専用道となりますので、車に気を遣いながら走る煩わしさがないこと。
帰ってから、脇腹の湿布薬を張替え、蒸し芋を食べながら一息ついております。
(=^・・^=)
2016/09/23
私の好きな紀伊半島の峠…。
朝から雨であり、低気圧が通過しているせいか、偏頭痛に悩まされ、しかも、この前のゴミ箱ゴリゴリ事件でやった右脇腹の痛みといい、走れるコンディションではないので、散髪に行った後、布団で臥せっておりました。
布団で寝ていると、過去、走った様々な記憶が蘇ってきます。
紀伊半島は急峻な山岳地帯であり、峠越えの連続であります。その峠のなかでも特に印象に残っている峠を過去のポタログのアーカイブから紹介します。
●紀伊半島の峠、その1。六郎峠。
http://aphahcahmohghioghuv.blogspot.jp/2009/11/blog-post_17.html
炎天下の串本駅から走り始め、越えた峠です。この峠には、母親から聴いたおもしろいエピソードがあり、深く印象に残っております。
●紀伊半島の峠、その2。蟻越峠。
http://aphahcahmohghioghuv.blogspot.jp/2012/09/blog-post_3.html
道の駅おくとろに車をデポし、新宮市を経て一周走り込んできたのですが、これがとんでもないアップダウンの連続で、もうバテバテ。予想外の苦難にタイムアウト。最後は完全に漆黒の闇の中を道の駅おくとろに向かう途中、野生の息吹を感じながら押し上げた峠がこの蟻越峠でした。今は、立派なショートカットのトンネルができあがってますが、旧道はまさにすさまじい地獄の上り坂です。
●紀伊半島の峠、その3。天辻峠。
http://aphahcahmohghioghuv.blogspot.jp/2014/09/r168.html
紀伊半島を代表する激坂の天辻峠です。紀の川市の自宅から十津川街道を通って新宮市まで走ったときにあった天辻峠です。この峠、嫌なことに二段になってます。まず、一段目のトンネルを越えてみたらピークかというとそうでもなく、まただらだらと登りが続き、激しいつづら折りの先に天辻トンネルが幅員ギリギリで2キロほどあります。それを車との恐怖と戦いながら、抜けてちょっとでやっと真のピークなのでした。新宮市までは、川沿いにほぼ下り基調で距離の割には、楽しいサイクリングだったと記憶しています。紀伊半島豪雨の被害の後だったので、道の駅熊野川などは、跡形もなく流されていましたね。
以上が、私の記憶に残っているベスト3の峠になります。
紀伊半島以外の土地への出撃は滅多にないため、いつも紀伊半島内でどっかへ行ったり来たりしていますが、私は、この和歌山や熊野の土地に心底惚れ込んでいるので、ココ以外へ行きたいという衝動もあまりありません。逆に他府県の方からしたら、和歌山県はアクセスが悪いので、辺境の地なのでしょうね、きっと…。
(=^・・^=)
布団で寝ていると、過去、走った様々な記憶が蘇ってきます。
紀伊半島は急峻な山岳地帯であり、峠越えの連続であります。その峠のなかでも特に印象に残っている峠を過去のポタログのアーカイブから紹介します。
●紀伊半島の峠、その1。六郎峠。
http://aphahcahmohghioghuv.blogspot.jp/2009/11/blog-post_17.html
炎天下の串本駅から走り始め、越えた峠です。この峠には、母親から聴いたおもしろいエピソードがあり、深く印象に残っております。
●紀伊半島の峠、その2。蟻越峠。
http://aphahcahmohghioghuv.blogspot.jp/2012/09/blog-post_3.html
道の駅おくとろに車をデポし、新宮市を経て一周走り込んできたのですが、これがとんでもないアップダウンの連続で、もうバテバテ。予想外の苦難にタイムアウト。最後は完全に漆黒の闇の中を道の駅おくとろに向かう途中、野生の息吹を感じながら押し上げた峠がこの蟻越峠でした。今は、立派なショートカットのトンネルができあがってますが、旧道はまさにすさまじい地獄の上り坂です。
●紀伊半島の峠、その3。天辻峠。
http://aphahcahmohghioghuv.blogspot.jp/2014/09/r168.html
紀伊半島を代表する激坂の天辻峠です。紀の川市の自宅から十津川街道を通って新宮市まで走ったときにあった天辻峠です。この峠、嫌なことに二段になってます。まず、一段目のトンネルを越えてみたらピークかというとそうでもなく、まただらだらと登りが続き、激しいつづら折りの先に天辻トンネルが幅員ギリギリで2キロほどあります。それを車との恐怖と戦いながら、抜けてちょっとでやっと真のピークなのでした。新宮市までは、川沿いにほぼ下り基調で距離の割には、楽しいサイクリングだったと記憶しています。紀伊半島豪雨の被害の後だったので、道の駅熊野川などは、跡形もなく流されていましたね。
以上が、私の記憶に残っているベスト3の峠になります。
紀伊半島以外の土地への出撃は滅多にないため、いつも紀伊半島内でどっかへ行ったり来たりしていますが、私は、この和歌山や熊野の土地に心底惚れ込んでいるので、ココ以外へ行きたいという衝動もあまりありません。逆に他府県の方からしたら、和歌山県はアクセスが悪いので、辺境の地なのでしょうね、きっと…。
(=^・・^=)
登録:
投稿 (Atom)
私の旅装について…。
自転車旅行が好きになっている。今までドライブ旅行も経験したが、やはり旅の中身として、自転車で苦労して越える峠越えの感想とドライブの感想では桁違いだ。 苦労して越えた峠道は、後年そこを通ったりしたら、強烈に思い出される。写真も残る。 さて、数々と自転車であちこち旅行してきたが、私の...
-
ニューサイクリングという雑誌を若かりし頃熱心に愛読していた。定期購読していて、毎号自宅に届くのを楽しみにしていたものである。その頃のNC誌には、活気があって、表紙なども実に旅情をそそる凝った写真であった。 中身は、ツーリング記事が中心で、林道の特集なども毎号シリーズ化されてお...
-
すっかり廃番になったものとばかり思っていたシマノのカンチブレーキで105グレードのものである。型番を BR-CX50 という。今も黄色タイヤのランドナーに付けている。私は、これのシューをロード用の舟に替えてシューをクールストップのサーモンに変更している。 よく効いて何よりもアー...
-
シマノが8速以上のWレバーの製造を辞めてからちょっと経つ。その影響かどうかわからないけど、憧れだったラレーのクラブスペシャルという自転車もカタログ落ちになった。今はもう製造されていないみたいです。 となると、これらWレバーの自転車を買った人たちはもし、故障するとなると大変に困る...



































































