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9年前のウォーキングの記憶。熊野古道の長井坂…。

もうかれこれ9年前になるが、ポタログでは収録していないので、紹介したい道がある。熊野古道の大辺路と呼ばれるルートに長井坂という場所がある。出発地点は、JR周参見駅からJR見老津駅である。

途中、ユニークなイルカの建物とかがあったり、古の道という雰囲気があって、この熊野古道はお気に入りのコースである。自転車でも無理をすれば通れないことはないが、途中、長井坂という激坂のつづら折りを登らされるので、まともな神経の人は止めておいた方が無難だろう。

長井坂を登りきった尾根道からの枯木灘の眺望は、それはそれは素晴らしい! 眼下に広がる太平洋の海風を受けながら、いつまでも眺めていたいような絶景である。熊野古道が世界遺産となるまでは、こうした道は忘れ去られていたようだ。

問題点は、周参見駅へ戻る電車が本数が少ないため、中途半端な時間だと見老津駅でかなり待つことになることだ。見老津駅は太平洋に面した駅で、好きな駅である。ただ、駅前には何もない。だから、待つのが苦難な人はまた、国道を歩いて戻るというのも一考である。ま、お金に余裕があれば、タクシーを呼んで戻ればいいだけだ。

ちょっとした日帰りウォークで、気軽に行けるが、なにせ遠い。和歌山からだとそうでもないが、大阪、京都方面からだとまず、泊りのがよいと思う。

 ↑長井坂の案内看板。


 ↑つるし柿があったよ。 秋ですな。

 ↑この辺はまだ楽勝。ハイキングのような感じ。






 ↑まさに熊野古道という感じ。




 ↑空き家が多い。過疎の村ですな。





 ↑おぉ! なんだこれは! イルカにそっくりな民家があったよ。

 ↑イルカの尻尾ですかね? (・∀・)


 ↑みかんも実っておりました。

 ↑しかし村人はどこへ? 誰もいないw。






 ↑ここにも空き家が。

 ↑さてと、あの橋を渡っていよいよ長井坂本番開始です。

 ↑長井坂の本場である。つづら折りの激坂が200mほども続く。


 ↑まだ、頂上の尾根道には出ない。


 ↑ようやく明るくなってきて、尾根道が近くなってきた。

 ↑長井坂をやっとのことで登りきり、尾根道に出た。

 ↑尾根道からの枯木灘の眺望。素晴らしい!

 ↑静かなハイキング道のよう。

 ↑尾根道は歩きやすく、後は、もう見老津駅まで楽勝です。

 ↑時々、太平洋が見える。






 ↑ 古の雰囲気がいいですな。

 ↑枯木灘をずっと眺めていたいような素晴らしい絶景です。






 ↑道標かな? 石碑があたったけど、碑文が読めない。

 ↑もうすぐ見老津駅。後は下るだけ。

 ↑何やらキノコが生えてますな。


 ↑眼下に見老津駅が見えてきましたよ。




 ↑さてと、しばらく座って電車を待ちますか…。

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