脱サラを考えている人たち。いっぱいいると思う。特にオイラと同じ50歳の節目を迎えた人なら。しかしちょっと待て!といいたい。サイメンの飯倉氏のこの動画おもしろい。
一見の価値あり。↓
来年で50歳である。
良くも悪くも無事に生きてこれたものだ。
年の瀬にオイラが、仕事を辞めるって話を聞きつけてか、あちこちの知人からえ!?また辞めるの?って驚きの声が聴かれるw。
今回は、ちょっと休止期間である。ま、ちょっとの間だけである。
立ち止まると、普段忙しくてあまり考えられなかったことも考えられるようになる。
今、考えているのは、目先の仕事だけでない。とにかく2015-2025という10年間のロードマップを描いてみたいと思っている。ケッコンは?とか、仕事は?とかいろいろ聞かれるが、どれも個人だけでは解決できない問題をはらんでいる。というのも、オイラは長男、次男の二人兄弟であって、今は、実家に三人暮らしである。
両親は80歳前後であり、当然ながら、この先10年後に生きている保障はない。途中、要介護となり、介護生活になる可能性も充分に考慮しておかないといけない。
今ある生活が標準とは決して思わないことだ。ふとしたきっかけで介護生活になって介護離職というのが世間的に社会問題となっている。これは、都心部に勤める長男長女らが、田舎にいる両親が突然要介護状態となったため、止む無く離職して故郷に帰らざるをえない状況である。当然、田舎にはそれまでと同等の仕事などないから、無職となってしまう。生活費は減る一方で、介護負担も重くのしかかる、ということになるのである。
オイラの場合ももうずっとこのままのお気楽生活を謳歌できるわけもない。
親のどちらかというか、そもそももう親も相当な高齢者なのであるから、家事にも必然的に介入していかないといけない。それには、正規労働者だと都合が悪いのである。だいたい、夕方は16時位に終われるのが理想だ。そうすると、帰りに材料を買ってゆっくり調理できる。朝も9時スタートくらいだと余裕があっていい。というのも夜のうちに洗濯を済ませておき、早朝より干すのである。
一番の重労働が布団干しであるが、マットレスとか使えば重たい布団を干す作業がなくならいか、今思案中。
とにかく暮らしの中身をひとつひとつ再検討してみたいと思っている。その中で省力化できるものは省力化し、仕事と両立して、うまく生活をしていけたらと思うのである。自分が生活者の主体に過去なったことが何度かあるが、家計簿をエクセルで付けたり、細かく消費をコントロールできるので、無駄がない。エンゲル係数がもろわかりなので、無駄遣いしないのである。
これからは、妻帯者とか独身者に限らず、生きていくということを主眼に生活スタイルを設計するのがよい、と思う。
就活とかいうと、すぐにどっかエエトコ決まったの?
って聞かれるw。^^;
オイラ的にこの日本人独特の寄らば大樹の陰という幻想がなぜ、2014年も押し迫った世の中に未だに根付いているのか不思議でならないわけである。
中学生くらいのお子さんをお持ちのパートの方ともよくいっしょに仕事したが、皆さん、一応に良い高校に入るため、って言って半狂乱になって稼ぎ、塾に通わせているのであるが、なにかが可笑しいと思う。
子供自身が何になりたいかさえわからない状態で、良い高校へ、ってどういうことか…。
良い大学、良い会社、良い暮らし…。
みんな幻想である。
良い暮らしの基準を考えなおしたら?と言いたくなる。
お金が豊富にあって物質的に豊かであれば幸せか?
絶対にそんなことはない、とつくづく思うわけである。
古座川の相瀬で出会った大阪の男性は半年働いて、夏の半分を民家を刈り上げて釣り三昧の生活を送っておったw。しかし、その笑顔はつくづく俺は幸せだーというのを全開に発していた。
そこそこ食べられて、やりたいことをやる。これでいいのでは?と思う。
自分で計画的に貯蓄して、生計を建てていれば正規、非正規労働、どっちでもいいのではないか…。世の中めまぐるしく変化していて、その都度、会社の経営も変わるし、こうすれば一生安泰ですよ、なんて方法論はもはやない。
いい学校を出ていい会社に入れば一生安泰です、という世の中は終わりました。
(・∀・)
仕事だってしんどくて辛くてたまらないのなら別に辞めてもいいと思う。
笑って過ごしても10年。泣いて過ごしても10年なのである…。
(=^・・^=)
2014/12/27
2014/12/26
年末年始の休み。さて、どう過ごすか…。(゚Д゚)
年末年始に約1週間も休めるなんて、いったい何年ぶりであろうか…。
去年は施設で働いていたので、正月元旦から出勤だったw…。
もう長年、カレンダーとは関係ない勤務体系に慣れているので、かえって違和感がある。ま、長らく自転車に乗っていない、というか、本格的にロングで走りに行っていない。これから先を考えるとまずは体力勝負だ。オイラは、数々の業界を渡り歩いてきているが、最後に必要なのは、体力である。これは、確信である。
50歳というと世間では、オジンの仲間入りであるが、どっこい、日頃より、有酸素運動を定期的にやっている人は断然違う! 夏に出会った御所の児玉さんは80歳にもなろうか、とう歳であったがそれは、若者が着いて行けないほどの走りである。あー言う風になりたいと思っている。
病気と無縁なら、年金が少なかろうが、気にすることはない。それと、80歳現役で少しずつ働くことである。オジンでもできる仕事は必ずある。
おっと、暗い話になった。
最近、長女、長男のことでお悩みの方と遭遇することが多くなった。それだけ、オイラが親世代であり、歳を取ったって証拠だが、気に病む必要はない。なんとかなる。
日本は幸せである。選り好みしなければ、確実に職にありつけるのだから…。
来年になるとあっという間に残務が終了して、その後、求職者の仲間入りである。
果てさて、来年、どんなドラマチックな展開になるか…。
(=^・・^=)
去年は施設で働いていたので、正月元旦から出勤だったw…。
もう長年、カレンダーとは関係ない勤務体系に慣れているので、かえって違和感がある。ま、長らく自転車に乗っていない、というか、本格的にロングで走りに行っていない。これから先を考えるとまずは体力勝負だ。オイラは、数々の業界を渡り歩いてきているが、最後に必要なのは、体力である。これは、確信である。
50歳というと世間では、オジンの仲間入りであるが、どっこい、日頃より、有酸素運動を定期的にやっている人は断然違う! 夏に出会った御所の児玉さんは80歳にもなろうか、とう歳であったがそれは、若者が着いて行けないほどの走りである。あー言う風になりたいと思っている。
病気と無縁なら、年金が少なかろうが、気にすることはない。それと、80歳現役で少しずつ働くことである。オジンでもできる仕事は必ずある。
おっと、暗い話になった。
最近、長女、長男のことでお悩みの方と遭遇することが多くなった。それだけ、オイラが親世代であり、歳を取ったって証拠だが、気に病む必要はない。なんとかなる。
日本は幸せである。選り好みしなければ、確実に職にありつけるのだから…。
来年になるとあっという間に残務が終了して、その後、求職者の仲間入りである。
果てさて、来年、どんなドラマチックな展開になるか…。
(=^・・^=)
ギョギョ!新種の深海魚だって…。
まさしく、ギョギョ!なニュースが飛び込んできましたな。さかなクンのようにもう興奮しております。なんでも世界最深のマリアナ海溝付近から、新種の深海魚が見つかったって…。
捕獲されてゆらゆらと動く動画があるので、ぜひ見てね。^^;
ゆらゆらと優雅に泳いでおりますな。しかし、真っ暗な冷たい深海でいったいナニを餌にしているのか?
実際、駿河湾の深海魚をたくさん飼育している深海水族館でも、捕まえてはみたものの、飼育に成功せず、僅かな期間しか生きていないというのが悩みのタネらしいです。餌がわからない、というのが最大の悩みだそうです。まさしく。そうしますと、我々が血眼になって探しているウナギの卵などというのも、深海の海底深く生まれているのでしょうね。
だったら、うなぎしばらく捕らなきゃいいじゃん! って思います。実際、サンマやイワシで蒲焼きを作りますが、美味しいですよ。充分。
(=^・・^=)
水深8143mの深海に新種の魚 - ハワイ大学が発見
ゆらゆらと優雅に泳いでおりますな。しかし、真っ暗な冷たい深海でいったいナニを餌にしているのか?
実際、駿河湾の深海魚をたくさん飼育している深海水族館でも、捕まえてはみたものの、飼育に成功せず、僅かな期間しか生きていないというのが悩みのタネらしいです。餌がわからない、というのが最大の悩みだそうです。まさしく。そうしますと、我々が血眼になって探しているウナギの卵などというのも、深海の海底深く生まれているのでしょうね。
だったら、うなぎしばらく捕らなきゃいいじゃん! って思います。実際、サンマやイワシで蒲焼きを作りますが、美味しいですよ。充分。
(=^・・^=)
2014年の総括です…。やっぱ労働か…。
さて、2014年はオイラにとってどんな年だったのか?
一言で言えば、激動。
オイラの今までの人生にはいくつもの決定的岐路があったわけですが、今回もその大きな節目になりそうな予感です。
退職はしても、さて、次に何をしたいのか?
それと、今の時代や今後も考えてみたりとかいろいろであります。
将来的に受け取れる年金額が低いということは恒常的に労働し続ける必要があるのであります。昔というか最近までは、70歳とかいうともう仕事ないよぉー状態でした。
しかし、今どき、70歳なんて疾患なければ、バリバリ働けるよ。ま、重労働は無理にしても…。
モスジーバーって言葉聞いたことある?
詳しくはココ↓
少子化なので、バイト単価も上がりつつ有り、すでにすき家などの店では、バイトの来てがなくて閉店を余儀なくされているところもあるとか…。
こういうの見るとちょっとオイラなんか明るい気持ちになる。昔、スーパーで売り子をやってたので、つい、いらっしゃいー! って声を張り上げたくなるのでしたw。
今後、どういう労働生活スタイルがいいのか…。この休止中に考えてみようと思っています。スペシャリストは強いです。確かに。専門性があり、資格があり、キャリアがあれば、どこかへ潜り込めそうです。ただ、デメリットをいうと、入ったところが厳しかったりしても逃げ場がありません。というのは、今回身にしみましたが、一旦、一箇所を退職してしまうと、とたんに月収入がなくなってしまうからです。まだ、実家暮らしならなんとかしばらく保てますが、これが、借家だと、とたんに負担が増大し、破綻してしまいます。急にバイトを見つけるといってもオイラくらいの年齢になるとおいそれとすぐには見つかりません。
もう一つ仕事を持っていれば、こうした災難をセーブできます。とりあえず、必要最低限の費用をまかなえるので、その間にまた、もう一つの収入源を探せるからです。
実際、オイラの知り合いで何人かはもう昔からこうした労働形態をとっています。週のうちに日を分けて、仕事をしているのです。バイト単価にもよりますが、合わせるとオイラの今の収入を越えるそうですw。ただ、注意も必要で、雇用保険などは入れます。健康保険も。しかし、年末調整を自分で確定申告しないといけなくなります。その他雑収入という計算になるからです。税金関係がちょっとややこしくなるかもしれないので、メリット・デメリットをよくよく考えてみたいと思っています。当然、こういう業務形態なら、派遣とかパートなどの非正規雇用となります。正規雇用の場合、複業を認めていないからです。
困ったもんですね。収入が低いのにほかで働くな、とは…。(・∀・)
いっとき、ワークシェアリングって話題になったけど、知らないうちにフェードアウト。なぜか?みな、自分の稼ぎを他人に分けてまで減らしたくない、からです。
ますます企業側の思う壺ってのが腹立ちます。労働者ももっと賢く自分のライフプランを練るべきだと思っています。過労死するまで働くなんて絶対にやってはいけない!
オイラも過去月当たりの残業が80時間ほどもあるような状態があったけど、もう何が何かわけわからんような生活でした。
夜勤は、ちょっと難しいな…。世間的に稼ごうと思う人は進んで夜勤をやりますね。だって、単価高いから…。オイラも若造の頃は夜勤どっぷりでした。まIT業界でしたから、今とは労働内容が全く違いますがね。でも、夜勤は業種によらずしんどいと思います。だって、人間、夜は寝るように設計されてますもん。
オイラは、夜勤は敬遠しています。ちょっと精神的にいろいろあったので、夜勤を避けようと思っています。自分の体調のためです。日勤なら絶好調です。
しかし、本当に、今、日本人は真剣に働き方を考えなおさないといけない時期だと思います。少子化が止まらないのは、育休が男子の場合ほとんど取れない状況が変わらないからです。普通に務めていると、たいてい帰宅は21時位になります。通勤時間も入れると。
その間、赤子の世話はずっと妻まかせ、となるのです。当然、シングル収入となるから、旦那はもっと残業を、ってなるでしょ。悪循環ですな。
これが、時短を選べて、妻、夫ともに週のうちに相談して、休みや早く帰宅する時間を交互に作れると、家事労働を分担できて、お互いが燃え尽きずに楽しく暮らせます。妻も仕事をしていけるので、収入は夫だけが馬車馬のように働くのと大差ないと思います。どっちが健全かはおわかりでしょう?
終身雇用が崩壊したってのに、一向に労働時間が短縮されないのは、グローバル化の影響もあるかもですが、オイラが思っているのは、ロボット化ですよ。高度なコンピューターやら機械やらが職場に導入されると、人間がそれらに合わせて働くようになります。本来、人間の労働を軽減できるようにと作られたはずなのに皮肉にもますます、人間がしんどくなる方向になっているのです。
それと機械によって人間の仕事が奪われる、って現象です。ひとつ例を挙げると、駅の自動改札機です。昔はベテランの駅員の腕の見せどころでした。鉄道博物館へ行くと、当時使われていた切符切りが展示されていて、当時の映像を観ることができます。まさしく職人芸ですが、これも自動改札になると、もう処理できるスピードが桁違い。人間は不要になります。こうした、元来人間が受け持っていた仕事がどんどん機械によって奪われていくのだと思います。なので、今後数十年間に消滅する仕事ってのがずいぶんと出てくるのだそうです。
介護でさえも、体位交換ロボットとか、入浴ロボットなんてのが真剣に開発中だそうですよ。実現すると恐ろしい状況になりますね。こうしたロボットたちにオイラ老後を診てもらうのかw…。(・∀・)
24時間のうち、3分割、4分割とかにわけあって労働を分担すれば、お互いが少ない労働時間で稼ぎも得られる、というメリットがありますな。食いっぱぐれがない。
労働や仕事内容を独占するのではなく、分担するのです。
オイラは、いつもワークライフバランスを考えています。健康が一番ですよ。不健康になったら元も子もないじゃないですか。
ま、一番言いたいのは、価値観の転換です。
アメリカ型の消費生活を見直すのです。テレビに踊らされて不要なものをどんどん買ってはいけません。大型液晶テレビ。確かに綺麗で見やすいけど、必要でしょうか?
各部屋にクーラー。いるでしょうか?
大型ワゴン車。いるでしょうか?
車なんてカーシェアリングや、レンタカーでいいのでは?
スーパーの特価品をネットで比較して、最短ルートでお得に買物する、ってのを考えてみたりします。あるいは、そういう中間サービスを立ち上げて営業すれば、広告収入などから生計立てられるかもしれません。
ま、いろいろあるけど、時代は常に変化しているのであるので、働き方、消費生活、老後の資金…。すべてトータルで考えて、一番ベストな方法を選択しましょうね。
(=^・・^=)
一言で言えば、激動。
オイラの今までの人生にはいくつもの決定的岐路があったわけですが、今回もその大きな節目になりそうな予感です。
退職はしても、さて、次に何をしたいのか?
それと、今の時代や今後も考えてみたりとかいろいろであります。
将来的に受け取れる年金額が低いということは恒常的に労働し続ける必要があるのであります。昔というか最近までは、70歳とかいうともう仕事ないよぉー状態でした。
しかし、今どき、70歳なんて疾患なければ、バリバリ働けるよ。ま、重労働は無理にしても…。
モスジーバーって言葉聞いたことある?
詳しくはココ↓
この記事を読むと、今まで働きざかりだった人たちが定年を迎えて、まだ労働したいという意欲があるとき、こうしたアルバイトとして活躍しているとか…。モスバーガー 高齢店員「モスジーバー」積極採用して好影響
少子化なので、バイト単価も上がりつつ有り、すでにすき家などの店では、バイトの来てがなくて閉店を余儀なくされているところもあるとか…。
こういうの見るとちょっとオイラなんか明るい気持ちになる。昔、スーパーで売り子をやってたので、つい、いらっしゃいー! って声を張り上げたくなるのでしたw。
今後、どういう労働生活スタイルがいいのか…。この休止中に考えてみようと思っています。スペシャリストは強いです。確かに。専門性があり、資格があり、キャリアがあれば、どこかへ潜り込めそうです。ただ、デメリットをいうと、入ったところが厳しかったりしても逃げ場がありません。というのは、今回身にしみましたが、一旦、一箇所を退職してしまうと、とたんに月収入がなくなってしまうからです。まだ、実家暮らしならなんとかしばらく保てますが、これが、借家だと、とたんに負担が増大し、破綻してしまいます。急にバイトを見つけるといってもオイラくらいの年齢になるとおいそれとすぐには見つかりません。
もう一つ仕事を持っていれば、こうした災難をセーブできます。とりあえず、必要最低限の費用をまかなえるので、その間にまた、もう一つの収入源を探せるからです。
実際、オイラの知り合いで何人かはもう昔からこうした労働形態をとっています。週のうちに日を分けて、仕事をしているのです。バイト単価にもよりますが、合わせるとオイラの今の収入を越えるそうですw。ただ、注意も必要で、雇用保険などは入れます。健康保険も。しかし、年末調整を自分で確定申告しないといけなくなります。その他雑収入という計算になるからです。税金関係がちょっとややこしくなるかもしれないので、メリット・デメリットをよくよく考えてみたいと思っています。当然、こういう業務形態なら、派遣とかパートなどの非正規雇用となります。正規雇用の場合、複業を認めていないからです。
困ったもんですね。収入が低いのにほかで働くな、とは…。(・∀・)
いっとき、ワークシェアリングって話題になったけど、知らないうちにフェードアウト。なぜか?みな、自分の稼ぎを他人に分けてまで減らしたくない、からです。
ますます企業側の思う壺ってのが腹立ちます。労働者ももっと賢く自分のライフプランを練るべきだと思っています。過労死するまで働くなんて絶対にやってはいけない!
オイラも過去月当たりの残業が80時間ほどもあるような状態があったけど、もう何が何かわけわからんような生活でした。
夜勤は、ちょっと難しいな…。世間的に稼ごうと思う人は進んで夜勤をやりますね。だって、単価高いから…。オイラも若造の頃は夜勤どっぷりでした。まIT業界でしたから、今とは労働内容が全く違いますがね。でも、夜勤は業種によらずしんどいと思います。だって、人間、夜は寝るように設計されてますもん。
オイラは、夜勤は敬遠しています。ちょっと精神的にいろいろあったので、夜勤を避けようと思っています。自分の体調のためです。日勤なら絶好調です。
しかし、本当に、今、日本人は真剣に働き方を考えなおさないといけない時期だと思います。少子化が止まらないのは、育休が男子の場合ほとんど取れない状況が変わらないからです。普通に務めていると、たいてい帰宅は21時位になります。通勤時間も入れると。
その間、赤子の世話はずっと妻まかせ、となるのです。当然、シングル収入となるから、旦那はもっと残業を、ってなるでしょ。悪循環ですな。
これが、時短を選べて、妻、夫ともに週のうちに相談して、休みや早く帰宅する時間を交互に作れると、家事労働を分担できて、お互いが燃え尽きずに楽しく暮らせます。妻も仕事をしていけるので、収入は夫だけが馬車馬のように働くのと大差ないと思います。どっちが健全かはおわかりでしょう?
終身雇用が崩壊したってのに、一向に労働時間が短縮されないのは、グローバル化の影響もあるかもですが、オイラが思っているのは、ロボット化ですよ。高度なコンピューターやら機械やらが職場に導入されると、人間がそれらに合わせて働くようになります。本来、人間の労働を軽減できるようにと作られたはずなのに皮肉にもますます、人間がしんどくなる方向になっているのです。
それと機械によって人間の仕事が奪われる、って現象です。ひとつ例を挙げると、駅の自動改札機です。昔はベテランの駅員の腕の見せどころでした。鉄道博物館へ行くと、当時使われていた切符切りが展示されていて、当時の映像を観ることができます。まさしく職人芸ですが、これも自動改札になると、もう処理できるスピードが桁違い。人間は不要になります。こうした、元来人間が受け持っていた仕事がどんどん機械によって奪われていくのだと思います。なので、今後数十年間に消滅する仕事ってのがずいぶんと出てくるのだそうです。
介護でさえも、体位交換ロボットとか、入浴ロボットなんてのが真剣に開発中だそうですよ。実現すると恐ろしい状況になりますね。こうしたロボットたちにオイラ老後を診てもらうのかw…。(・∀・)
24時間のうち、3分割、4分割とかにわけあって労働を分担すれば、お互いが少ない労働時間で稼ぎも得られる、というメリットがありますな。食いっぱぐれがない。
労働や仕事内容を独占するのではなく、分担するのです。
オイラは、いつもワークライフバランスを考えています。健康が一番ですよ。不健康になったら元も子もないじゃないですか。
ま、一番言いたいのは、価値観の転換です。
アメリカ型の消費生活を見直すのです。テレビに踊らされて不要なものをどんどん買ってはいけません。大型液晶テレビ。確かに綺麗で見やすいけど、必要でしょうか?
各部屋にクーラー。いるでしょうか?
大型ワゴン車。いるでしょうか?
車なんてカーシェアリングや、レンタカーでいいのでは?
スーパーの特価品をネットで比較して、最短ルートでお得に買物する、ってのを考えてみたりします。あるいは、そういう中間サービスを立ち上げて営業すれば、広告収入などから生計立てられるかもしれません。
ま、いろいろあるけど、時代は常に変化しているのであるので、働き方、消費生活、老後の資金…。すべてトータルで考えて、一番ベストな方法を選択しましょうね。
(=^・・^=)
JPEG時代の終わり?
オイラは、写真が大好き。デジカメが初めて出始めた頃から利用しています。
初めて買ったのは、ソニーのサイバーショットの初期タイプだったな。
今から思うと画素数とか漫画みたいなものだったけど、それなりに使いこなして、あちこち行っては撮りまくってました。
その後、数年で画素数がギガの世界に突入し、今では、もうスマホなどで充分撮影に文句なしの状態になりました。以降は、もうデジカメを持ち歩かず、すべてiPhoneで撮っています。すぐネットに公開できるのもイイ。
さて、そんな画像の標準フォーマットだったJPEGなんですが、いよいよ、新しい規格が出てきたようで…。
JPEGと比較した場合、オイラには、変化わからないけど、記事読んでてびっくりなのは、そのサイズ! 同じ画質なら、JPEGの半分なんだってよ。
すごいね。しかし、今まで撮りためてきたJPEGをバッチ処理で寝ている間に自動変換とかやってくれるサービスがないととても手動で変換作業やる気しないよね。それとブラウザや画像ソフトやらが全て対応しないと…。
ま、しばらく傍観ですな。でも、今では、GIFも特許関係でもめて結局消えたんだから、案外すんなり移行するかもね。
(=^・・^=)
初めて買ったのは、ソニーのサイバーショットの初期タイプだったな。
今から思うと画素数とか漫画みたいなものだったけど、それなりに使いこなして、あちこち行っては撮りまくってました。
その後、数年で画素数がギガの世界に突入し、今では、もうスマホなどで充分撮影に文句なしの状態になりました。以降は、もうデジカメを持ち歩かず、すべてiPhoneで撮っています。すぐネットに公開できるのもイイ。
さて、そんな画像の標準フォーマットだったJPEGなんですが、いよいよ、新しい規格が出てきたようで…。
JPEGと比較した場合、オイラには、変化わからないけど、記事読んでてびっくりなのは、そのサイズ! 同じ画質なら、JPEGの半分なんだってよ。
すごいね。しかし、今まで撮りためてきたJPEGをバッチ処理で寝ている間に自動変換とかやってくれるサービスがないととても手動で変換作業やる気しないよね。それとブラウザや画像ソフトやらが全て対応しないと…。
ま、しばらく傍観ですな。でも、今では、GIFも特許関係でもめて結局消えたんだから、案外すんなり移行するかもね。
(=^・・^=)
2014/12/25
仕事について…。
さきほどは、さぞ、人生を楽しくやってきているような印象を与えてしまったかも、ですが、実は、オイラの半世紀は、順風満帆とは真逆の嵐のような人生でした。ようやくその嵐が落ち着いたのは、今から10年前のこと。その前に介護業界に転身しようと、二年生の専門学校へ入り、資格をとって介護業界を生きてきました。一番長かったのが、デイサービス。これはヘルパーから最終的に管理者までやりました。その間、派遣での特養の入浴介助、おむつ交換、シーツ交換、その他もろもろ…。また、半年間の訪問介護。男性なので、あまり出番はなかったのですがw…。そして、ひとつの会社で8年間ほども在籍していて、その間に本当にいろいろ学ばせてもらいました。感謝です。orz
そして、次がグループホームの計画作成担当者。やっと念願かなってケアマネの資格を取ったからでした。ここは実に楽しかった。以前のデイサービスも山あり谷ありで、人間関係など一時厳しいものもあったのですが、転勤などもあり、苦もなく乗り越えました。
で、二年間やって、どうしても居宅のケアマネというのを体験してみたくなり、思い切って転職したのでした。しかし、これが、実際には、あまり自分にとって合わない感じです。仕事の段取りの方法はほんとうにみなさんから教えてもらって、それはなんとかやってこれたのですが、やはり感じる精神的ストレス量が半端ではなく、どうしても耐えられないものでした。私は訳あってw、精神的ストレスが過大な職場は無理なのです。
そして、とうとう退職と…。(;´д`)トホホ…
しかし、あまりに世間様に悪印象を与えてしまうのも何なんで弁明すると、介護業界はずっと続けますよ。いろんな職域があるのが魅力ですから。それに地域性。これは、実際、天と地ほども違いますよ。
一時、関西からまったく文化の違う関東圏でのデイサービスをお手伝いしていたのですが、お客の反応がまるで違う。それと住民の客層っていうんですかね。それぞれですな。
レクリエーション、季節行事、外出行事、営業…。ホントにいろいろやらせてもらいました。みんな楽しい思い出です。地域で連絡会議なんてのもあったりして、そこへ同業他社の方が月一回集まっては、テーマを決めて議論する、って場面にも参加し、夜遅くまで議論したものです。
それは、いろんな上司、スタッフ、お客様とコラボレーションし、本当に本当に毎日充実しておりました。
なので、今年で介護業界に入ってちょうど10年になるんです。それで、ひとつの目標だったケアマネの仕事まで来たので、一旦、休止するというわけでして、決して、介護業界からもう足を洗うという意味ではないんですね。それとこれまでと違った地域に行って仕事をしたい、ってのもありでして、その地域をこれから探そうか、と思ったりもしたのでした。
一つの業界に10年もいるのでま、業界のことはよく知っています。ケアマネもできたので、今後はもっと参考になると思います。特に病院に密着した現場にいると、本当に勉強になることははかりしれず、これは感謝してもしきれません。もともと医学は大好きですから。
ということで、一旦、活動休止となるのです。この間、読みたい本をどっさりと読んだり、仕事のことを研究?したり、地域性を考えたり…。旅行して、いろんな土地や人、地理を知るってことが目的です。
人生、残り30年ほどになったので、思い切って、こういう期間を設けることにしました。
私の場合は、年金受給額がもうすでにほぼ判明していて、体が健康で働けるうちは、恐らく80歳くらいまで、何らかのアルバイトみたいなことをし続ける必要性がある、とわかりました。恐らく、日本中の低所得の方々は、皆、そういう運命になると思います。ですから、若い時からの貯金は非常に大事です。オイラも不埒ながら、貯金だけはしっかりとやってきました。だから、今、のほほんとこのような戯言をほざいておられるのです。浪費はイケマセン。といえないな、でも、自転車ももうそろそろ終活していかないといけない時期になってきているので、売っていこうか、とも思います。徐々に身辺整理ですな。
本ですが、これは大好きなのです。nonki文庫wみたいなものを想像しています。今、手元に30冊ほどあるのですが、これを将来的に100冊まで限定で蔵書とする、ということ。これは、選書に選書を重ね、オイラが本当に感銘した本だけを手元に残していこう、という計画です。すでに殿堂入りしているのは、ボルヘスの「砂の本」、村上龍の「料理小説集」、立花隆「青春漂流」、F.パターソン「パターソンズブック」などなど…。
ま、完成に近づいてきたら、蔵書目録を作って公開する予定です。はてさて?どんな文庫ができるのかな?
では、今宵はこの辺で…。
((≡゚♀゚≡)
そして、次がグループホームの計画作成担当者。やっと念願かなってケアマネの資格を取ったからでした。ここは実に楽しかった。以前のデイサービスも山あり谷ありで、人間関係など一時厳しいものもあったのですが、転勤などもあり、苦もなく乗り越えました。
で、二年間やって、どうしても居宅のケアマネというのを体験してみたくなり、思い切って転職したのでした。しかし、これが、実際には、あまり自分にとって合わない感じです。仕事の段取りの方法はほんとうにみなさんから教えてもらって、それはなんとかやってこれたのですが、やはり感じる精神的ストレス量が半端ではなく、どうしても耐えられないものでした。私は訳あってw、精神的ストレスが過大な職場は無理なのです。
そして、とうとう退職と…。(;´д`)トホホ…
しかし、あまりに世間様に悪印象を与えてしまうのも何なんで弁明すると、介護業界はずっと続けますよ。いろんな職域があるのが魅力ですから。それに地域性。これは、実際、天と地ほども違いますよ。
一時、関西からまったく文化の違う関東圏でのデイサービスをお手伝いしていたのですが、お客の反応がまるで違う。それと住民の客層っていうんですかね。それぞれですな。
レクリエーション、季節行事、外出行事、営業…。ホントにいろいろやらせてもらいました。みんな楽しい思い出です。地域で連絡会議なんてのもあったりして、そこへ同業他社の方が月一回集まっては、テーマを決めて議論する、って場面にも参加し、夜遅くまで議論したものです。
それは、いろんな上司、スタッフ、お客様とコラボレーションし、本当に本当に毎日充実しておりました。
なので、今年で介護業界に入ってちょうど10年になるんです。それで、ひとつの目標だったケアマネの仕事まで来たので、一旦、休止するというわけでして、決して、介護業界からもう足を洗うという意味ではないんですね。それとこれまでと違った地域に行って仕事をしたい、ってのもありでして、その地域をこれから探そうか、と思ったりもしたのでした。
一つの業界に10年もいるのでま、業界のことはよく知っています。ケアマネもできたので、今後はもっと参考になると思います。特に病院に密着した現場にいると、本当に勉強になることははかりしれず、これは感謝してもしきれません。もともと医学は大好きですから。
ということで、一旦、活動休止となるのです。この間、読みたい本をどっさりと読んだり、仕事のことを研究?したり、地域性を考えたり…。旅行して、いろんな土地や人、地理を知るってことが目的です。
人生、残り30年ほどになったので、思い切って、こういう期間を設けることにしました。
私の場合は、年金受給額がもうすでにほぼ判明していて、体が健康で働けるうちは、恐らく80歳くらいまで、何らかのアルバイトみたいなことをし続ける必要性がある、とわかりました。恐らく、日本中の低所得の方々は、皆、そういう運命になると思います。ですから、若い時からの貯金は非常に大事です。オイラも不埒ながら、貯金だけはしっかりとやってきました。だから、今、のほほんとこのような戯言をほざいておられるのです。浪費はイケマセン。といえないな、でも、自転車ももうそろそろ終活していかないといけない時期になってきているので、売っていこうか、とも思います。徐々に身辺整理ですな。
本ですが、これは大好きなのです。nonki文庫wみたいなものを想像しています。今、手元に30冊ほどあるのですが、これを将来的に100冊まで限定で蔵書とする、ということ。これは、選書に選書を重ね、オイラが本当に感銘した本だけを手元に残していこう、という計画です。すでに殿堂入りしているのは、ボルヘスの「砂の本」、村上龍の「料理小説集」、立花隆「青春漂流」、F.パターソン「パターソンズブック」などなど…。
ま、完成に近づいてきたら、蔵書目録を作って公開する予定です。はてさて?どんな文庫ができるのかな?
では、今宵はこの辺で…。
((≡゚♀゚≡)
2015年はどうかというと…。('A`)
今年ももうあとわずかとなりましたな。
1年なんてあっという間。オイラにとっては激動の部類に入るかなw。
思えば、去年の2月で前職場を退職し、今年4月から働いていたわけですが、もう12月には、退職が決定しており、1月いっぱいでまた、フリーになるわけです。
オカンとオイラの押し問答…。
オイラ:あのなぁー、来年すぐにまた、しばらく、表舞台から消えるわ…。
オカン:あ、そー。もう出てこんでえぇー。ずっと消えといてくれーw。(・∀・)
うちは、じゃりン子チエのような一家である。もちろんテッチャンはオイラ。オカンは鬼のようにオイラに厳しい。正反対にオトンはオイラに優しい。テツのところといっしょ。
唯一違うのは、美人で優しいよしえさんという嫁がいないことだけw。
数年サイクルでオイラは無頼の徒となるわけである。しかし、もう30年こういうサイクルを繰り返していると、家族も一種の病気のような感じでとらえていて、冷静である。今度はどこへ何ヶ月や?w みたいな感じですかな…。^^;
ということで、まだ、次のアテもないままにまた辞めるのですが、今は、すっきりした気分で非常に落ち着いています。働くことは決して嫌いではないので、誤解なきようw…。
ということで、しばらくエトワールくんとともにブラブラと旅路に出る予定。
どこへ行くかは気分次第で、進路変更なのでだれにもわかりません。
紀貫之の土佐日記といい、松尾芭蕉の奥の細道といい、紀行文学はいいですな。オイラはぞっこんです。海外のものも多数読んではいますが、シルクロードの探検記なんかもオススメですな。古くはマルコポーロの東方見聞録もあるし…。
ということで、今年は特に変動激しかったので、その分、精神もかなり疲弊しております。年末年始の休みは親孝行も兼ねて、近場の温泉めぐりなどやらかそうか、とか…。
あー、それにしても平和は一番。みなさん、投票には行きましょうよ。絶対にね!
(=^・・^=)
1年なんてあっという間。オイラにとっては激動の部類に入るかなw。
思えば、去年の2月で前職場を退職し、今年4月から働いていたわけですが、もう12月には、退職が決定しており、1月いっぱいでまた、フリーになるわけです。
オカンとオイラの押し問答…。
オイラ:あのなぁー、来年すぐにまた、しばらく、表舞台から消えるわ…。
オカン:あ、そー。もう出てこんでえぇー。ずっと消えといてくれーw。(・∀・)
うちは、じゃりン子チエのような一家である。もちろんテッチャンはオイラ。オカンは鬼のようにオイラに厳しい。正反対にオトンはオイラに優しい。テツのところといっしょ。
唯一違うのは、美人で優しいよしえさんという嫁がいないことだけw。
数年サイクルでオイラは無頼の徒となるわけである。しかし、もう30年こういうサイクルを繰り返していると、家族も一種の病気のような感じでとらえていて、冷静である。今度はどこへ何ヶ月や?w みたいな感じですかな…。^^;
ということで、まだ、次のアテもないままにまた辞めるのですが、今は、すっきりした気分で非常に落ち着いています。働くことは決して嫌いではないので、誤解なきようw…。
ということで、しばらくエトワールくんとともにブラブラと旅路に出る予定。
どこへ行くかは気分次第で、進路変更なのでだれにもわかりません。
紀貫之の土佐日記といい、松尾芭蕉の奥の細道といい、紀行文学はいいですな。オイラはぞっこんです。海外のものも多数読んではいますが、シルクロードの探検記なんかもオススメですな。古くはマルコポーロの東方見聞録もあるし…。
ということで、今年は特に変動激しかったので、その分、精神もかなり疲弊しております。年末年始の休みは親孝行も兼ねて、近場の温泉めぐりなどやらかそうか、とか…。
あー、それにしても平和は一番。みなさん、投票には行きましょうよ。絶対にね!
(=^・・^=)
2014/12/24
今日はクリスマスだなw…。遠い昔を懐かしく…。(・∀・)
もう、何十回目かのクリスマス。
しかし、町は相変わらず、きれいなイルミネーションで・:*:・(*´∀`*)ウットリ・:*:・
いいなぁー。世の中平和で…。
オイラくらいのおっさんになるともうケーキとかも別段食いたくはないのでした。しかし、職場からの帰り道、ぺこちゃんでお馴染みの不二家前は凄まじかった!
普段は絶対にいない警備員が立っていて、狭い駐車場に予約していたケーキを受け取りにくる客の整理に大わらわ…。
いつから、クリスマスにケーキを食べなきゃいけないのか、ってことは知らないのですが、うちのオカンが、オイラがまだ小学生だったころ、町の小さなケーキ屋にパートでずっと勤めていて、クリスマスシーズンが近づくと、朝方まで仕事というのが普通でした。
それで、なんとかやり終えて帰ってきて、クタクタになって風呂入って寝る、ってオカンをよく観ていました。うちは、オイラが小学生の頃から鍵っ子ってやつで、ご飯を研いで炊飯しておく、ってのが小学生だったオイラの主な仕事でした。
古民家の借家はお世辞にも快適とは言えず、ガラス戸がきしんで、雨が降ると不思議と閉まらなくなりました。そして、その木板の隙間から冷たい冬の風が吹き込んできて、布団に寝そべって見ていると、天井からぶら下がった電球のスイッチのオンオフ用の糸がその風に揺れてゆらゆらとしているのをよく見ておりましたな…。
おっと、横道にそれました。
その頃、某ケーキ屋のパートだったオカンは、クリスマス開けに帰ってくると、どっさりとケーキの残り物やら失敗作やらを持って帰ってくるのでした。別段、クリスマスだけに限らず、試作品など、毎日よくもらって帰ってきたなー。^^;
当然、家族だけでは処分できず、近所にあげたりもしましたが、塾に通っていたオイラん家に普段それほど親しくもないのだけど、学校の同級生が大勢やってきては、古井戸があって、その周りにかばんを放り投げ、塾の宿題を一生懸命に写すのでした。オイラは、英語が得意で宿題は逐一やっていく主義だったので、大勢の学友がそれをノートに必死に写しに来るのでした。最初は純粋に塾の先生のムチ(竹の根っこで作った特製のそれは痛いムチ)を宿題やってこなかったヤツの手のひらを上にさせて、それに打ち付けるのです。その瞬間は、顔がひしゃげ、それは痛いというのがはためにもわかりましたから、それを逃れるために、皆必死だったのでした。
最初は、純粋に英語塾の宿題だけを写したい。なんとかむち打ちの刑だけは避けたい、という一心で集まっていた子供らも、うちのオカンが、ケーキ屋で毎回どっさりもらってくるバームクーヘンもどき作品やら、ケーキの残り物やら、バタークリームたっぷり食パンやらなおやつにそそのかされ、その数は増える一方で、いっとき、すごい人数になって、その子供らの自転車がうちの家主の家先に放置されたため、度々に苦情が来たのでしたw。
(・∀・)
あー、もう遠い40年くらい前のお話…。
寒い冬、早めに風呂に入って、寝床に入るのが好きなんです。
すると、冬の風が電線をすり抜けて、ひゅ~、とか、ビューとか、独特の不協和な音を発するのを耳にしながら、一種のアンビエントを楽しんでいたりするのです。
そうしますと、今に書いたように、はるか昔の遠い記憶が蘇ってきて、ああ、あの当時はそうだったなー、とか。いろいろ思い出すのです。
昨今、近いのに滅多に行ったことない、昔住んでいた粉河町に行ってみて、当時を鮮烈にフラッシュバックしていたのでした。我が、母校の中学校は跡形もなく、壊されかけており、無情なエントロピーを感じたものです。
今夜は、今日、退職宣言したこともあり、ちょっとノスタルジックになってしまいましたね。私は、どこでも生きていく自信あり。シルクロードの町のトルファンのバザールの光景をよく動画で見るのですが、あのみなぎるエネルギーがイイ!
また、どこぞの町にぶらっと自転車に乗って参上するかもですが、よろしくねー。
(=^・・^=)
しかし、町は相変わらず、きれいなイルミネーションで・:*:・(*´∀`*)ウットリ・:*:・
いいなぁー。世の中平和で…。
オイラくらいのおっさんになるともうケーキとかも別段食いたくはないのでした。しかし、職場からの帰り道、ぺこちゃんでお馴染みの不二家前は凄まじかった!
普段は絶対にいない警備員が立っていて、狭い駐車場に予約していたケーキを受け取りにくる客の整理に大わらわ…。
いつから、クリスマスにケーキを食べなきゃいけないのか、ってことは知らないのですが、うちのオカンが、オイラがまだ小学生だったころ、町の小さなケーキ屋にパートでずっと勤めていて、クリスマスシーズンが近づくと、朝方まで仕事というのが普通でした。
それで、なんとかやり終えて帰ってきて、クタクタになって風呂入って寝る、ってオカンをよく観ていました。うちは、オイラが小学生の頃から鍵っ子ってやつで、ご飯を研いで炊飯しておく、ってのが小学生だったオイラの主な仕事でした。
古民家の借家はお世辞にも快適とは言えず、ガラス戸がきしんで、雨が降ると不思議と閉まらなくなりました。そして、その木板の隙間から冷たい冬の風が吹き込んできて、布団に寝そべって見ていると、天井からぶら下がった電球のスイッチのオンオフ用の糸がその風に揺れてゆらゆらとしているのをよく見ておりましたな…。
おっと、横道にそれました。
その頃、某ケーキ屋のパートだったオカンは、クリスマス開けに帰ってくると、どっさりとケーキの残り物やら失敗作やらを持って帰ってくるのでした。別段、クリスマスだけに限らず、試作品など、毎日よくもらって帰ってきたなー。^^;
当然、家族だけでは処分できず、近所にあげたりもしましたが、塾に通っていたオイラん家に普段それほど親しくもないのだけど、学校の同級生が大勢やってきては、古井戸があって、その周りにかばんを放り投げ、塾の宿題を一生懸命に写すのでした。オイラは、英語が得意で宿題は逐一やっていく主義だったので、大勢の学友がそれをノートに必死に写しに来るのでした。最初は純粋に塾の先生のムチ(竹の根っこで作った特製のそれは痛いムチ)を宿題やってこなかったヤツの手のひらを上にさせて、それに打ち付けるのです。その瞬間は、顔がひしゃげ、それは痛いというのがはためにもわかりましたから、それを逃れるために、皆必死だったのでした。
最初は、純粋に英語塾の宿題だけを写したい。なんとかむち打ちの刑だけは避けたい、という一心で集まっていた子供らも、うちのオカンが、ケーキ屋で毎回どっさりもらってくるバームクーヘンもどき作品やら、ケーキの残り物やら、バタークリームたっぷり食パンやらなおやつにそそのかされ、その数は増える一方で、いっとき、すごい人数になって、その子供らの自転車がうちの家主の家先に放置されたため、度々に苦情が来たのでしたw。
(・∀・)
あー、もう遠い40年くらい前のお話…。
寒い冬、早めに風呂に入って、寝床に入るのが好きなんです。
すると、冬の風が電線をすり抜けて、ひゅ~、とか、ビューとか、独特の不協和な音を発するのを耳にしながら、一種のアンビエントを楽しんでいたりするのです。
そうしますと、今に書いたように、はるか昔の遠い記憶が蘇ってきて、ああ、あの当時はそうだったなー、とか。いろいろ思い出すのです。
昨今、近いのに滅多に行ったことない、昔住んでいた粉河町に行ってみて、当時を鮮烈にフラッシュバックしていたのでした。我が、母校の中学校は跡形もなく、壊されかけており、無情なエントロピーを感じたものです。
今夜は、今日、退職宣言したこともあり、ちょっとノスタルジックになってしまいましたね。私は、どこでも生きていく自信あり。シルクロードの町のトルファンのバザールの光景をよく動画で見るのですが、あのみなぎるエネルギーがイイ!
また、どこぞの町にぶらっと自転車に乗って参上するかもですが、よろしくねー。
(=^・・^=)
2014/12/23
午後よりエールしの店にて忘年会開催…。
![]() |
| 2014-12-23 |
本日、午後より、予定通り、自転車仲間と堺市のエール氏の店に集まって、プチ忘年会となりました。王将の餃子やら、オイラの持っていった野菜やら、蕎麦やら…。
もうお腹満腹です。
しかし、饗宴が始まる前にオイラ着いたため、ちょっと早すぎるので時間潰してきて、って言われ、即座に向かったのが、堺市のオイラの聖地。大仙公園内にある自転車博物館です。さすが自転車の町、堺だけあって、中身ゴージャス。往年の自転車の歴史遺産がずらりと…。入館料200円はホンマ、安いよ。
真っ先にお宝の写真を取りつつ、ボランティアさんと会話しまくり、オイラの方が断然知識豊富で圧倒。しかし、これがこの博物館常連の悲しいところ。知識ひけらかす気はないんだけど、ついw…。
その後、単独でこの博物館の図書館へ入り浸り、コッタードの規格などを詳細に調べていたってわけ。
あー、今日は、久しぶりに走り仲間と再開し、至福のひとときを送って帰宅しました。
あ、お宝オークションですが、興味なしってことで、開催されず…。
オイラが自身で国境なき医師団に売れてたら的金額を寄付しておきましたw。^^;
もちろん、目的はエボラ撲滅です。
(=^・・^=)
天皇誕生日の日。朝からポタ。午後からはエール氏店にて鍋宴会と…。
| ↑午後からエール氏店にての鍋宴会でチャリティオークションに出品予定のオイラのお宝の数々です。売上は全額、国境なき医師団のサイトから寄付として振り込みます。^^; |
| ↑朝からお米を精米に行ってました。いつもの精米所。今日は20kg。ちょっと重いな。 |
| ↑所変わって、ポタ途中。JR岩出駅。ここも駅舎がレトロ。 |
| ↑一方、国道24号の岩出大橋はどうやら架け替え工事中のようで…。 |
| ↑ふらふらと、船戸のどんさん蔵王寺に寄りました。 |
| ↑寂れていて渋い! こういう古刹が好きかな。 |
| ↑当然の和歌山電鐵貴志川線の貴志駅。駅長たまの看板です。 |
| ↑帰りは、貴志川沿いのサイクリングロードをポタポタと…。 |
歳も取るもんだわ。
お米を精米してきてと言い使い、精米後、青のnonki特製?ポタ車にてポタリングしていました。寒い厳寒期のため、サイクリングウエアではなく、毛糸のセーターを着込んで着膨れしまくりでのらりくらりと…。
これくらいがちょうどいい。飛ばすわけではないし、気になる風景があれば、すぐ立ち止まってシャッターを切ります。さすらいのポタ写真家ってとこかなw…。
午後からは、堺市へ出向き、自転車仲間と盛大に鍋宴会開催予定のため、オイラからのクリスマス・スペシャルとして、倉庫より取り出した、往年のお宝をチャリティオークションにかけようと思っています。
売り切った売上は、すべて国境なき医師団に寄付予定です。
どんな宴会だったかはまた、後程ね…。
(=^・・^=)
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私の旅装について…。
自転車旅行が好きになっている。今までドライブ旅行も経験したが、やはり旅の中身として、自転車で苦労して越える峠越えの感想とドライブの感想では桁違いだ。 苦労して越えた峠道は、後年そこを通ったりしたら、強烈に思い出される。写真も残る。 さて、数々と自転車であちこち旅行してきたが、私の...
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ニューサイクリングという雑誌を若かりし頃熱心に愛読していた。定期購読していて、毎号自宅に届くのを楽しみにしていたものである。その頃のNC誌には、活気があって、表紙なども実に旅情をそそる凝った写真であった。 中身は、ツーリング記事が中心で、林道の特集なども毎号シリーズ化されてお...
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すっかり廃番になったものとばかり思っていたシマノのカンチブレーキで105グレードのものである。型番を BR-CX50 という。今も黄色タイヤのランドナーに付けている。私は、これのシューをロード用の舟に替えてシューをクールストップのサーモンに変更している。 よく効いて何よりもアー...
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シマノが8速以上のWレバーの製造を辞めてからちょっと経つ。その影響かどうかわからないけど、憧れだったラレーのクラブスペシャルという自転車もカタログ落ちになった。今はもう製造されていないみたいです。 となると、これらWレバーの自転車を買った人たちはもし、故障するとなると大変に困る...
