2022/01/03

仕事もスタート。今年も健康でいられるかな。

 2022年も世間より一足早くスタートした。元旦から仕事であった。もうすっかり施設業務は日常に戻っている。明日からはデイサービスも再開である。

寒波が襲来し、和歌山県も冷え込んでいる。楽しみにしている朝のカムカムエブリバディも再スタートする。

霜が降りて、当たり一面白くなっている。相当夜間は冷え込んだようだ。

自転車にも長く乗っていない。しかし、趣味であるので、あえて無理はしない。乗りたいときだけ乗ればいい。

両親が高齢者になって久しいが、そろそろ限界も見えてきている。私もそろそろ親の介護生活に突入するのではないか、と最近、考えている。

父が最近、よく転倒するようになった。物覚えも悪くなり、油断できない。まだ、自力でトイレには行けているが、一旦何かあると、すぐ要介護状態である。

私は施設で働いているが、親が介護状態になったら、仕事は一旦辞めようと思っている。私が介護するのである。そのほうが世帯収入を考えた場合、割がいい。

施設に入れるとなると一気にお金がかかるようになる。しかもいつまで続くのか先が見えない。キーパーソンが常時家にいるのが理想である。私の場合は、特殊で、そうした選択肢が可能であるので、そうしようと思っている。

結果、趣味のサイクリングも後、10年はお預けか、と思う。介護生活のためである。

両親の介護生活が明ければ、またサイクリングも復活できるだろうが、その頃にはもう今のような体力気力は残っていまい。(・∀・)

未来を想像するのは難しい。JRきのくに線もどうなっているかわからない。

それよりも運転免許を返納するのがいつか、という問題もある。

この事はもう少しよく考えようと思う。

(=^・・^=)

2022/01/02

厳寒期で部屋で過ごす時間が長いな。

 季節がある国というのはある意味変化があって楽しいのだろうか。私は生まれて以来、日本を出たことはないので、わからない。しかし、夏と冬どちらが好きかと聞かれれば、冬と答えると思う。

最初の一歩を踏み出すまでは時間がかかるのであるが、一旦、外に出れば、冬場は晴天であれば、結構温かい。和歌山県では冬場でも滅多なことで平野部に積雪はない。

その気になれば、一年中温暖なので、サイクリングが楽しめるサイクリストにとっては天国のような土地である。それでかどうかわからないが、和歌山県がやけにサイクリングに力を入れている。最近ではサイクリング道路というのが、県内あちこちに作られていて、ブルーの線を引いてひと目でそれとわかるようにしている。

さて、今年のサイクリング計画であるが、コロナ禍とお金も少ないので、宿泊を兼ねた豪華な計画はない。(・∀・)

日帰りのカーサイクリングである。

紀伊半島も随分と走っていない。紀北地域の紀ノ川沿いばかりで、マンネリ傾向であるが、大和街道などの再発見により、結構、この土地でも気に入っている。

今日も寒風の中、たくさんのサイクリストが走っていた。

皆さん見ると、まだお若い。私くらいの年齢の人は見かけなかった。そりゃそうだろう。気温4℃であるから、私のような爺には、ちとキツイ。

ブルガリアの伝説的預言者、ババ・バンガの予言の記事をみていた。結構当たっているらしい。最近では、9.11のアルカイダのテロ事件とか、東日本大震災だとか、的中しているらしい。

バンガの予言では今年、2022年にシベリアの永久凍土が溶けて、非常に危険なウイルスがパンデミックを起こす、とか言われているらしい。オー怖っ、である。

また、明るい予言もあって、なんでも2028年頃に科学の一大躍進があるとか。新エネルギーが発見される、とある。しかし、これってひょっとして今でも時々話題になる核融合技術のことか、と思う。

ま、毎日、日々楽しく過ごす、というのが私のモットーである。お金があってもなくても毎日楽しければ、いい人生だったといえるのではないかな。

自転車趣味というのも楽しい。お金をかけて凄い一台を作るのもいいし、シンプルにただ、市販車で走っているというのでも十分だ。

私は最近、ただ、近所をポタリングする、というのにハマっている。お手軽でいいというのもあるが、いろいろ再発見できてそれが楽しいのである。

特に昔の街道を走るのが滅法好きになってしまった。

今ままで、サイクリングロードをたどって五條市まで行っていたけど、今後は大和街道で行って帰るというコースが定着しそうである。

(=^・・^=)

母と二人で地元の神社へ初詣に。

 朝起きて、母と車で地元の氏神である春日神社へ初詣に行った。境内にはいつも焚き火が炊かれ、新春の雰囲気が漂っている。ちらほらと参拝者もいるようだ。

お賽銭を入れて、今年の無病息災を祈ってきた。

例年なら、大きな樽酒を置いて、振る舞っていたのであるが、今は飲酒運転が厳禁だし、コロナ禍でもあるので、樽酒はなく、お守りを売っていた。

この春日神社は私達の地域の氏神であり、毎年、新年が明けるとお参りしている。以前は静かな雰囲気の神社だったが、今はすぐ裏手に京奈和自動車道が開通し、車の往来が垣間見える。

その後、農免道路を東へドライブである。毎年の恒例。どこへ行くとも宛があるわけではないが、新年の静まり返った町の雰囲気を偵察に行くのが楽しみである。

今日は橋本市まで行き、途中、裏道に入って、家々の正月ムードを観察する。どの家も戸が閉まり、車は止まったままである。

寝正月だろうか?おせち料理を食べつつ、テレビをみている人が多いのかな。(・∀・)

橋本で橋を渡って紀の川南岸へ行く。道の駅柿の郷くどやまを通過し、次の橋をまた渡って紀の川北岸へ行く。そして、京奈和自動車道へ乗り、帰宅した。

あまりに晴天でいい天気なので、もったいないと思い、帰ってから慌てて母と私の布団を干した。今日は洗濯物がよく乾く。

冬の貴重な晴天日である。午後からはちょっとポタリングにでも行こうかと思っている。

(=^・・^=)

2022/01/01

スポーツ自転車はどこへ向うのか?

 コロナに席巻された一年だったな。

さて、2022年になった。といっても元旦そうそうから出勤の私には特に感慨深いものはない。(・∀・)

最近の自転車の流行をみてみると、まず、ロードバイクのディスクブレーキ化の進行がある。市場から一気にリムブレーキ関連の部品が消えてきている。このままでいくと数年先にはもう、リムブレーキ用のリムや、キャリパーブレーキ類がカタログから消えるだろう。

私のように旧来のランドナーを愛好している者としては非常に驚異を感じている。といっても世間的には私らのことを旧車好きの人、というのでひとくくりにされているようだ。ほんの30年くらい前の自転車に乗っていても旧車と言われるご時世である。

それと、市場ではほぼ完組ホィールが当たり前になったことかな。この点で一番私が危惧しているのは、ホィールを手で組むという技術である。今どきの自転車屋さんでは、まともにホィールを手組できないところもある、とか。

リムブレーキ用のホィールとディスクブレーキ用のホィールでは基本的にスポークの交差方向が違う。こうした職人的技術を後世に伝えていくというのができるのか、と心配しているところである。

手でホィールを組んでみるとわかるが、スポークのあやとりは実に奥の深い技術である。巧妙に力が分散されるようにスポークを張るのである。ハブの穴数などによって、交差する数も違ったりする。

自転車が発明されて以来、受け継がれてきたこうした職人技術が、完組ホィールばかりになってしまうと、廃れてしまうのではないか、と危機感を感じている。

それと、スポークなどのバラ売りがいつまで続くのだろうか、という心配もある。部品単価の安いこれらの部品をショップもそれぞれの寸法で維持しておくというのも相当に負担がかかるだろうから、早晩、こうした商売を辞めてしまうのではないか、と心配なのである。

スポークはホィールを構成する部品ごとに寸法が決まる。わずか数ミリ違うだけでも組めない。スポーク長計算をして、だした寸法のスポークを自作できれば一番いいが、このためのスポーク製作工具は非常に高価である。まず、素人では購入が難しいと思われる。

手組ホィール支持者が一定数居れば、少しは安心かと思うが、今はロードバイクに乗る人はまず、完組ホィールだろうから、将来が心配なのである。

それと、電動アシスト車の普及が一気に進んだ年だった。市販のママチャリクラスのものが最初に出てきて、まあ、関係ないかと思っていたら、次々と軽量でスポーティな車種が出て、ちょっと値が張るが、買おうと思えば買える。

中高年のサイクリストが増えてくると、坂道の多い日本では電動アシストのサイクリング車というのは売れると思う。

自転車の進化であるが、基本、これまでは人間の力で進むものという考えが普通だったが、電動アシスト車が出て、一気にその考えは崩れた。さらにディスクブレーキ化などで各部の部品の構成がややこしくなり、素人がちょっと調整したり修理したりできるものではなくなった。要するに自転車の自動車化である。

自動車のように修理や、調整は専門ショップへ行け、ということか。今は、サイクリングを楽しむという人が増えているのは喜ばしいがトラブルに自分で対処する、という考えを持っている人は少ないように感じている。

最低でも自転車はパンク時のチューブ交換くらいは自分でできないと安心して遠出できない。町中ならいいが、ショップのない山の中などでは自分で自己解決する他方法がない。

どんどん、自転車のメカが油圧だとか、電動だとかややこしくなってきているが、一過性のレースでサポートもついていればどうにでもなるが、個人がサイクリングで楽しむのなら、そうしたややこしさは無いほうがありがたい。

やはり旧車と言われようが、私は昔のサイクリング車が好きである。

(=^・・^=)

2021/12/31

B.Enoを聴きながら過ごす大晦日。

 アマゾンの創業者のジェフベソスが人類がこのまま発展していくには宇宙に進出して、広大な宇宙空間にコロニーを作るしか無い、と言ったとか。

朝からスーパーに父と母を乗せて今年最後の買い出しに行った。帰ってからあまりに寒いので部屋に閉じこもっている。ノートパソコンを開き、お気に入りの音楽、そう蒐集してきたブライアン・イーノのアルバムを聞き流している。On Landは一番のお気に入り。太古の地球からのメッセージともいうべき音である。

いわゆるアンビエントと呼ばれるジャンルも好きだ。この方面のアルバムもたくさん持っている。日本人ゆえか、楽曲販売より、CDという物理媒体を好む。(・∀・)

年末年始はとにかく暇なので、音楽を聴く時間が長い。動画を見るのもいいのだろうが、私は目が弱いので、すぐ眼精疲労になる。

イーノの音楽を聴きながら、窓の外を流れていく雲を眺めているのが好きだ。中世の頃は、あの雲の上に天国があるらしい、とまことしやかに信じられていたとか。(・∀・)

その時代の頃は人類はもとより、宇宙からの地球の姿を知らなかったのであるから、雲の向こうに広大な無限大の宇宙が広がっているなんてまるで知る良しもなかったのである。

私の持っているお気に入りのDVDにpowers of tenというのがあるのであるが、これは原子レベルのミクロから拡大していき、やがて宇宙の大規模構造に至るまでの旅を紹介している動画である。人間がいかにはかない存在か、地球がかけがえのない存在か、がわかる動画である。私のお宝である。(^^)

毎年、年の瀬になると気になるのが来年の西暦年である。私は数学が苦手であるが、数学は好きである。それで、毎年、西暦年が素数になるのかどうか、非常にわくわくしている変人なのである。

残念ながら、来年2022年は偶数年なので、素数ではない。(・∀・)

最近で言うと2017年が素数年だったな。別に何が起こるというわけではないが、妙に期待してしまうのである。そう言えば、少し前の素数年が2011年だった。しかし、この年の3月に東日本大震災がやってきて、大津波で多くの犠牲者が出たのであった。

自転車もぼちぼち乗っていきたいが、こう寒くては乗る気にならない。困ったものである。

(=^・・^=)

2021年を振り返って。

 今日は大晦日である。早いものだ。大晦日が休日になるのも久しぶりである。(・∀・)

昨日は、今年最後の仕事納めの日であった。夕方、給水関係のアラームが鳴った。え!となり、初めて見るそのランプの点滅にびっくりした。早速、原因を探るべく、蓋を開けメーカーに電話するも、年末休暇のためつながらず。

しばらくして、あちこちから、住宅内の水が全て出ない、という事実に行き当たる。

外に設置している巨大な受水槽のポンプを見ると停止している。まさか、故障か?荏原のポンプであったので、見にくい表示版を頼りに管理者が電話をかける。ようやく繋がり、表示の数字から、察して受水槽へ登り、上蓋を取って中身を見て欲しい、という。

そうすると、なんと水が空っぽである。ようやく原因らしきものがわかった。要するに受水槽内の水位を感知するフロートが老朽化して、水が下がっているにもかかわらず給水していなかったのである。

強制的にフロートを下げてやると、水が勢い良く流れ出てきた。しかし、巨大な受水槽のこと、満水になるには半日くらいかかるだろう。運悪く夕刻で最後にお風呂に入る住人もいるようで、渇水と減水のランプが消えたかと思ったら、再度点灯である。

18時を過ぎて、ようやくお風呂に入る人もなくなり、タンクに水が溜まり始めた。

年明け、しばらくの間受水槽に登り、時々中身を点検して、フロートを押し下げる、という行動をするしか手はない。

今年は私にとっては激動であった。まず、最初、3月退職宣言をしていたのであるが、撤回され、パート雇用への切り替えというので落ち着いた。4月からはパートのおじさんである。

同時にケアマネも降りた。一度に肩の荷が降りてホッとしている。

給料は下がったが、自由時間が増えて喜んでいる。平均的に週3日くらいの休みがある。

趣味の自転車の方は製作もポンコツクロスバイクを組み立て、一応落ち着いた。今はどこへ行くのもコイツを乗り回し、楽しんでいる。

5月になって自動車を買い替えた。軽自動車の箱バンである。自転車が丸ごと乗せられる。

カーサイクリングが楽になった。

今年一年はあまり遠出をしていない。サイクリングも地元ばかりである。しかし、旧道の大和街道を知り、コレに嵌まることになる。

今は、ロングで走り切るというのはやらないことになった。体力低下がその主な理由である。同時に身体の不調も続いている。五十肩は一向に治まらず、今も痛みを引きずっている。

コロナ禍もあるので都会へはほとんど行っていない。

まあ、来年も今年とほとんど変わらない行動様式だろうと思う。

(=^・・^=)

2021/12/30

移民のこと。

 今日は12月30日。昔はカレンダー通りの会社で休みになっていたが、今はシフト勤務ゆえ、出勤となっている。今日はデイサービスの年越しそば行事があるらしい。

さて、この年越しそばであるが、日本では昔から、年の瀬にそばを食べるという習慣があるようだ。私の家でも一応、大晦日の日に食べることにしている。しかし、本格的な手打ちそばというのではなく、カップ麺のどん兵衛である。(・∀・)

紅白歌合戦というのが日本では年末の定番番組で国民のほとんどが視聴していた時期もあったようだが、紅組白組という分け方が、時代にそぐわないということで今年は組分けをしない方針らしい。

というより、紅白歌合戦の出場歌手の中身が疑問である。どういう選考基準で選んでいるのだろうか。まあ、私は歌番組にはほとんど興味もないし、今どきの流行歌も知らない。(・∀・)

明日も多分、デスクに座って、ノートパソコンで今年を振り返るみたいな感じで夜を過ごすことと思う。毎年、早く寝てしまうので、除夜の鐘というのは聴いていないが、近所のお寺の除夜の鐘が聴こえるらしい。

さて、日本人口が減少していくというお話を少し前に書いたかと思うが、移民の問題である。私は移民に賛成である。なんでも世界中で移住したい国ランキング、とかをネットで見かけたことがある。第一位はカナダだった。そして第二位がなんと!日本なのである。

理由は治安がいいこと。教育水準がいいこと。買い物がしやすいことなどである。

永住権を取るのが難しいとよく聞くが、この辺を少し緩和してあげれば、もっと移民が増えるのにと思う。移民に将来頼るしか日本の生きる道はないだろう、と思っている。少子高齢化は今に始まったことではなく、この先も続いていくし、もう回復する見込みもない。

私もずっと50年以上日本人だが、日本は素晴らしい国だと思う。凶悪事件も増えているが、治安はいい。その証拠に野菜などの無人販売がすぐ近所でも実施されているし、今も続いている。私も時々買う。(^^)

豪雪地帯もあるようだが、西日本は基本温かい。冬場でも積雪は滅多にない。気温も低いと言っても3℃くらいである。日中は10℃くらいになる。

今はコンビニが全国にあるし、買い物にも特に困らない。後、水がきれいで安心してどこでも水道水が飲める。空気もきれいである。

歴史好きなら、日本全国に神社仏閣があって、それらを回るもよし。

熊野古道など世界遺産も豊富。

今は周囲に外国人を見かける機会も増えたし、偏見もない。日本語だけがちょっと外国人には難しいかもしれない。特に読み書きである。

ということで、移民が増えれば、将来の日本が背負う不安要素もなくなるのではないかな、と思う。

(=^・・^=)

2021/12/29

年の瀬にこの世に想うこと。

今日は休み。すっかり年の瀬である。慌ただしく過ぎた一年だったな。コロナに始まり、コロナに終わる。(・∀・)

今年は、宇宙元年になるのかな、という思いがある。前澤さんが、有人宇宙飛行に行った。民間人でも宇宙旅行に行ける時代の幕開けである。

昔、立花隆著、宇宙からの帰還、を熟読していた。あの頃は宇宙に行くという体験が人間の内面変化にどういう影響を及ぼすのか、ということに異常に興味があった。

今年は、同僚が暮れに亡くなり、激動の年であったわけであるが、世界情勢を見ると、なんともきな臭い。ロシアがウクライナに侵攻するのではないか?とか、ウクライナがNATOに加盟するのか?とか、中国が台湾に侵攻するのではないか?とか。

あー、やれやれである。

一方で宇宙から地球を見る機会を得る人がいるというのに、まだ、地上でせせこましい国境線争いに明け暮れ、機会あれば戦争をしかけようとする愚かさよ。

NASAのfor all mankindシリーズの動画を以前ご紹介したが、今でもyoutubeで検索すれば出てくるので、興味ある方は見て欲しい。この動画は、アメリカのアポロ計画の全容を知るいい動画である。BGMは私の大好きなブライアン・イーノの音楽である。

月面から登る地球の眺めというのがあるのであるが、非常に感動的である。というか、なんともいえない郷愁に襲われる。この真っ暗な宇宙空間にポッカリと浮かんだ地球。その他には生命の気配すらなく、唯一無比である。

異星人がいるのか、いないのかというのが激論になっているが、私はいる、と思っている。現に我々地球人類がある程度知性というものを持ち、文明を起こしているからである。

地球環境を考えると、この宇宙で地球と同じような気候を実現するのが奇跡的であるという。ほんの僅かでも太陽との距離が離れていたり、近すぎても生命は発生しなかっただろう、と言われている。

それなのに、人間同士がいつまで経っても殺し合いを止めないというのは、愚かというほかない。

人間というのも今ではだいたい、東アフリカから出発して、全大陸に行き渡り、それぞれの土地で独自の進化を遂げた結果、黒人、白人、アジア人、と枝分かれしたという。

ヨーロッパ言語の起源をたどると古代ローマのラテン語に行き着くらしいが、日本語の起源は謎である。一応、文字としての漢字は中国から輸入してそのまま使われている。中国人が日本に旅行に来ても、看板の文字を見れば、だいたい意味がわかる。日本人も同じく、中国に行くと、看板の文字でだいたい意味がわかる。

カムカムエブリバディの朝ドラで英語学習が見直されているが、日本人にとって英語の習得は難しい。発音がまったく異なる言語なので、まず、一番やっかいなのが、ヒアリングだ。読み書きは丹念な学習でなんとかなるが、しゃべるのと聴くのが非常に難しく感じられる。

今は、日本のアニメが全世界で放映されているようで、私が子供の頃見た懐かしいアニメも海外で流行っているようだ。北斗の拳などの海外吹き替え版を時々、youtubeで見かけるが、劇中で流れる日本語を海外の人はどう感じているのかな、と興味ある。

趣味の自転車の方は近所のポタリングに終始するというありさま。でも、頭を空っぽにしたいときなどに、ふらふらと自転車のペダルを漕ぐのが非常に私にとっては効果的なのである。リフレッシュ効果は計り知れない。そうした人知れず埋もれている田舎道のポタリングコースの写真をこれからも、紹介できたらと思う。
(=^・・^=)

2021/12/28

明日は年末の買い物の予定

 今日28日は出勤である。変則勤務ゆえ、年末年始も関係ない。(・∀・)

明日は休みになっている。それで家族で明日は今年最後の大買い物作戦となるわけである。

昔、青果市場関係に居たので、よくわかるが、市場は一応年末30日が最後となる。なので、明日くらいがちょうどいい買い物時期となるのである。それ、以降はあまり新鮮な食材が入ってこない。

一番、心配なのが、ごみ収集である。明日くらいが最後となるようなので、正月明けの3日くらいまでゴミが溜まることになる。

いつも思うのだが、将来日本の人口減で、こうしたインフラが維持できなくなると、ゴミ収集などの行政サービスが軒並み有料化されるのではないか?という心配である。

都市部はまだいい。田舎の僻地などになると、ゴミを収集にきてもらうのに大変なコストがかかるようになる。それをどうするのか、という問題。

高齢になって一番困るのが、買い物とゴミ集積場へ運ぶことである。我が家もいずれ、そうなる。不安がよぎる。

さて、昔は正月というとのんびり気分で家でゆっくりしていたものであるが、今どきは出かける人も多く、観光地は賑わっていた。しかし、昨今のコロナ禍ですっかり人出も減り、観光地も閑散としている。

皆が家に閉じこもって過ごすため、電力消費量が半端ないようだ。すこし、エアコンを入れて暖かくなるとすぐ切るようにしている。少しでも節電しようというわけだ。後は足元の赤外線ストーブだけ。

まだ、私らのところは、積雪がないため、毎朝の雪下ろしなどない。かなり恵まれている。豪雪地帯の人は本当に大変だな、と思う。

コロナ禍が明けたら、どうなるのかな?とちょっと期待と不安が入り混じっている。今、日本は円安が進行し、物価が上昇し続けている。なのに、給料は増えないので、生活は苦しくなるばかり。光熱費の上昇が痛い。これらライフラインにかかわる出費は抑えることができない。

手を切るような冷たさの水道水を毎朝使って、私は洗い物をしていたが、今日は実験的に風呂場の給湯器からお湯を流し、お湯で洗ってみたところ、快適である。時々は使わないと、配管がだめになる。無事にお湯が出てきてホッとしている。

あまりに寒いため、今日も車で通勤である。

(=^・・^=)

2021/12/27

年末になって家事が忙しい。

 年末になった。買い物に行く予定がぎっしりで、家事が多い。車も洗車してやりたいが、この時期、洗車場は満員御礼で順番待ちの長蛇の列である。

思えば、災難に見舞われた年だったな。11月の自動車事故は本当に痛い。保険料が思い切り値上がりした。(;´д`)トホホ…。

それともうすぐ還暦であるから、そろそろ放っておいても自動車保険料は高くなってくるものと思う。

昨今の高齢者の自動車事故の多さを見るとそろそろ自動車保険全体の見直しがありそうで怖い。要するに保険料を値上げして、自動車の維持を難しくするような方向に進むのではないか、という危惧である。

ま、両親が他界するまで自動車を維持できばいいか、くらいに思っている。スーパーは5キロ圏内にあるし、自転車で買い物も行ける。

仕事はいつまで続けるか決めていないが、まだ、自転車でも十分通勤は可能である。

来年3月のJRのダイア改正でJR和歌山線の王子〜五条区間の本数が減りそうだ。同時に桜井線も同じ傾向だという。

鉄道衰退の波が一気に加速した感じだ。コロナ禍の影響である。

JRの主力主力収入源である通勤定期代の落ち込みが激しいという。リモートワークの便利さに気がついてしまったため、もう後戻りはできないようだ。

田舎暮らしは悪くないと思う。リモートでできる職種なら、田舎でも十分である。ネット環境さえあればいい。

今日は冷える。厳寒である。遠くの山々は尾根伝いに白くなっている。どうやら凍結しているみたいだ。峠越えではスタッドレスタイヤか、チェーンが必要だろう。和歌山は温暖であるが、一年に一回くらい、結構積雪があって、峠越えできない日がある。

今日は月曜休みなので、父の通院と母の買い物、ガソリン給油、と忙しい。

結局大掃除というものの、換気扇を洗っただけで、ほかは手付かずである。(・∀・)

年末年始も関係ない職種のため、大掃除に必要以上に時間をかけられない、という事情もある。

今年もよく病院に行った。自分の健康ではない。利用者のため。

いつも思うが、地元の基幹病院であっても常に病床が逼迫しているような状況だ。救急で行っても入院を断られるケースがままある。

この仕事をしていると病院との関係は切っても切れない仲である。どの病院もコロナ禍もあるかもしれないが、それ以前に高齢者で入院の必要な人が溢れかえっている印象だ。

日頃の健康の大事さを痛感させられている。

(=^・・^=)

私の旅装について…。

自転車旅行が好きになっている。今までドライブ旅行も経験したが、やはり旅の中身として、自転車で苦労して越える峠越えの感想とドライブの感想では桁違いだ。 苦労して越えた峠道は、後年そこを通ったりしたら、強烈に思い出される。写真も残る。 さて、数々と自転車であちこち旅行してきたが、私の...