やっぱり、スリープ復帰したら、ネットが落ちる…。

やっぱり、スリープして復帰すると、何回かに一度ネットが落ちる。
原因がさっぱり。それにアンテナのアイコン表示も有線LANのような表示になってるし。しかし、しっかり無線でつながっているみたい。

さっぱりわからん。\(^o^)/

しかし、強制的解決法として、もし、スリープ復帰後にネット接続できないようなら、ターミナルから、
以下のコマンドを↓

$ sudo systemctl restart network-manager.service

これで、実験してみると、イケるみたい。(*^^*)

コマンドを作っておいてもいいかもしれないな…。
(=^・・^=)

スリープ復帰後のネット切断状況の改善策。

以前、ここに、ubuntuにしてから、スリープ復帰後のネット切断の不具合を書いた。以前は、一時的に解決したかに見えた。しかし、ひと晩中スリープしておいて、復帰してみると、またしてもネットが切断されたままである。

あれこれ解決策を探して、また、ひとつ解答にたどり着いた。
●これ↓
http://blog.be-open.net/ubuntu-2/ubuntu1404-sleep-wifi/

一つ設定ファイルを作って、そこにシェルスクリプトを書き込み、スリープ復帰時に強制的にスクリプトでネット接続を行う、という内容。

うん、確かにこれなら、納得である。落ちる原因は不明だが、とにかく解決が先だ。

ubuntu linuxは、今のところ、マックブックと相性はいい。このスリープ復帰後のネット切断だけが困る原因であった。日本語入力も今のところ快適であり、不自由はない。

しばらく実験の日々である。
(=^・・^=)

毎日の楽しみ…。

毎日、定時に出勤して、ほぼ定時に帰ってくる。
そういう生活を送っている。
毎日の楽しみは何か?と人に聞かれると、まず、夜、寝ること! と答える。

なんとまあ、年寄り臭いなどというなかれ。睡眠がこれほど、心地良いというのも経験すればするほどにわかるようになる。昔は、深夜から早朝にかけての仕事についていたせいもあり、年中、ぼぉーとしたような頭に鉢巻きを巻かれているような重たい感覚がしていたものである。夜の仕事とはいえ、昼間にそれほど熟睡できるわけもなく、年中時差ボケのような中途半端な感じであった。早く、そこから脱出したくて、昼間働いて、夜ぐっすりと寝れるように仕事を探してきた。

念願かなって、今は日勤だけである。それで、夕方帰ると、まず、夕飯を食べ、家族は、テレビに夢中である20時頃には風呂に入る。出ると、そのまま着替えて、畳の上に布団を敷いて寝る。できるだけ、明かりが入らないようにカーテンを締め切る。(夏は開けっ放しだが)。

そうすると、遠く、線路を走る列車の音が聞こえてきたりする。時刻からして、終点の王子行きかな、とか想像しながら目を閉じる。もし、今、この瞬間にその列車に乗っていたら、列車内はどういう風景だろうか?などと想像するのも楽しい。

私は、朝方にかけて、不思議な夢をたくさん見る。カラーの夢もよく見る。アイフォンも持っているが、目覚し時計代わりである。夜中にあまり見ないようにしている。覚醒してしまって、次に眠るのに邪魔になるからだ。時間にすると、8時間以上は布団に入っているだろうか。以前は、早朝に起きることが好きだったが、早朝から目を酷使すると、眼精疲労になり、出勤後に差し障る。それで止めた。

今日は、日曜日なので、早く起きる心配もない。ゆっくりと惰眠をむさぼり、布団のぬくもりを堪能しておったというわけである。我が家は、幹線道路から離れているので、騒音とも無縁である。昨日は、遠くで、バイクの騒音が深夜ずっと続いていた。さぞや、沿線の方々は眠れやしないだろう、と気の毒に思う。

もうすぐ、我が家の猫の額ほどの庭にある南天の木が実をつける季節となる。そうなると、様々な野鳥がやってきては、南天の実を貪り、やかましくなる。それをそっと障子の隙間から覗いて、観察するのが楽しみである。時々、いろんな猫もやってくる。あるものは、室外機の上に寝そべり、あるものは、ボイラーの近くに陣取ったりしている。

こうして毎日過ぎていく。今年もまたあと二ヶ月。早いものだ。
フェイスブックなどは、一年前の投稿などをタイミングよく紹介してくれる。それを見ていると、もう、あれから一年かぁー、などと時の流れの早いのに驚いている。
(=^・・^=)

ubuntuの不具合改善策。スリープ復帰後のネット切断について。

ubuntuにOSを変更してから、試行錯誤でいろいろと環境整備をやってきた。
一番の懸案だったサスペンドしてからの復帰後にネットが切れてしまう現象の解決策を発見したのでさっそくやってみた。
●これ↓
https://forums.ubuntulinux.jp/viewtopic.php?id=3190

今までサスペンドしてすぐ復帰の場合は、難なく使えていたが、サスペンド時間が長くなり、一日とかになると、復帰後にネット接続が切れたままになり、再起動していたのである。

原因はまだよくわからないが、とにかく上記の設定でなんとか、切断現象は回避できるようだ。
やれやれ。(*^^*)

今のところは、他に目立った不具合もなく、順調に使えているが、依然としてルートラボのシルバーライト問題はそのままである。早く代替案が見つかればいいのだが…。
(=^・・^=)

日曜日。紀の川サイクリングロードをのんびりと…。







日曜日。快晴である。
またもや、クラブモデルを引っ張りだして、チューブラーにカンカンにエアーを入れた。クリートをカチッと嵌め、さて、出発。

だいたい、本日のように何も予定のない日は、いつものかつらぎ町の橋まで走ることにしている。そこでUターンして、また、戻る。

今日は、気になって仕方ないことがあった。実は、昨日、竹房の工事現場で信号待ちしているとき、ふと、足元をみると、一匹の大きなカニが路肩にいた。どうも、この道路を横切って、紀の川へ出て行きたそうな感じであった。つかまえて逃がしてやろうか、と思ったけど、後方には車が並んでいるし、信号がそうこうするうちに青になったので、発進した。

帰ってからもあのカニのことが気になって仕方なかったのである。今日は早々にあの現場に行ってみると…。

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カニは路肩にペチャンコになって原型をとどめていない様子であった。どうやら、まもなく轢かれたようだ。 現場近くを見渡すと、すぐ横に道路下をくぐる川があるのにもかかわらず、不運なカニである。

あの時、逃がしてやればよかったか…。
なんとも後味の悪い出来事であった。

まあ、カニに限らず、犬、猫、狸…。最近、開発が目覚ましい箇所の道路には、いろいろな小動物たちの死体が転がっていることがある。

本当に可哀想なご時世である。車がなかった昔は轢かれる数もはるかに少なかっただろうに。

本日は、晴天で気温が低い。もう半袖ジャージでは走れない。中にも半袖を着こみ、上は長袖のジャージである。今日もたくさんのサイクリストとすれ違った。挨拶すると向こうも答えてくれる。

しかし、みなさん飛ばしてますなー。早いこと。こっちは、ポタリングで、それもスローであるから、呑気なものである。

曽爾高原行きの際、上りで押し歩きが多いようなら、ペダルをプラットフォームに変えていこうかどうしようか、悩む。(=^・・^=)

ちょっと隅田まで。廃線跡の真土トンネルとは…。








10月ももうすぐ終わりですね。
晩秋になってきて、今日は冷える。しかし、予報では雨は大丈夫そうなので、とりあえず、東方面へ紀の川サイクリングロードをポタポタと行くことにした。

桃山付近。1人のローディーが追い抜きざまにご挨拶。「こんにちわー。」 「どこまで?」と聞かれるので、サイクリングロードをピストンするので、終点の隅田まで行きます、と答える。

ロード氏は、高野山へ登って、そこから護摩壇山を目指すという。この時間から、すごいな、と思う。
マシンの違いはあっても、やはり、そこはそれ。日頃の鍛錬でしょうな。こっちもちっとは走らないととはいうものの、休日に晴れる確率も低く、なんだかんだで、結局、月間走行距離はたかがしれている。いやはや、お恥ずかしい話…。

「この道はいいですよね。毎週、だいたい走りに来ています。」
しばらく並走しながら、話して、「先頭を引きましょうか? 25キロくらいで。」とおっしゃる。とっさにハイ、と答えたものの、ひぇー、25キロの巡航か。しかもこの向かい風の中を。やはり、ほどなく、置いて行かれ、ロード氏、曰く。先に行きますわー、だって。(_ _;)

その後は、車の来ないことをいいことに、周りの風景を見ながら、風に吹かれて、ポタポタ走行。ロード氏は遥か彼方に点となって見えている。
うん、やはり早いな。こりゃかなわんわ。

紀の川を何度か渡ることしばし…。サイクリングロードは紀の川をまたぎ、北岸へ行ったり、南岸へ行ったり。しかし、それが変化に富んでいていいのである。

いつもの万葉の里を過ぎる。ここからは北岸がしばらく続き、サイクリングロードの真骨頂である。車は来ない。天国をしばし楽しむ。

 やがて、いつもUターンして帰る場所となる三谷橋を渡り、南岸へ。
しばらく行くと、慈尊院。女人高野である。ここは、比較的、観光客が少ないが、隠れた名所で、高野山へ行くのなら、ぜひに立ち寄ってほしい場所である。

さらに進むと、道の駅が見えてくる。今日も真田丸の影響か、すごい人出である。駐車場は早くも満車であった。

さて、九度山は何度か来ているが、この区間のサイクリングロードが好きではない。車道だし、車の往来が多くて危険。早く通過したいポイントである。九度山駅を過ぎるとちょっと登って下る。

やがて、いつもの休憩スポットであるファミマが見えてくる。ここで一服。本日は、アロエヨーグルトとファミリーマート特製のコロッケを買う。表のベンチに座って食べる。火照った体に風が心地よい。

走っても汗をそれほどかかなくなった。サイクリングには最適の季節到来である。
ちっとは、本格的に走りこんでおかないと、11月の名松線サイクリングでは、皆に迷惑をかけることになる。そうならないためにももう少しトレーニングが必要だろうと思う今日このごろ。

さて、橋本の向副あたりになる。サイクリングロードは最近整備されたとみえて、まだ、青のペイントが新しい。河川敷に降りたりする箇所もあり、川が近い。非常にいいコースである。車も来ない。

ここからは、また車道に戻り、今度は、恋野付近。ちょっとしたアップがある。これに向かい風。かなり消耗する。ダウンヒルを楽しむといよいよ、恋野橋を渡り、北岸へ。終点の隅田はもうすぐ。古い家並みを過ぎ、田んぼの中の道を出ると、隅田駅に到着である。

ここがゴールなのであるが、本日、廃線跡調査のため、真土トンネルを目指す。
看板を見ていると、ひとりのおじさんが近寄ってきて、飛び石なんとかはこの辺ですか?と聞かれるが、当方、土地のものではないので、全然見当つかず。しばらく話して、私は、真土トンネルへ到着。

写真などを撮り、休憩。さて、来た道を戻るか…。
先ほどの隅田駅。例のおじさん、駅舎の中に居た。中から出てきてまたご挨拶。聞けば、この人、なんでも新潟の住まいだとかで、五條市に泊まりこみ、仕事で自転車で隅田へ通っているのだそうな。本日、昼休みにて付近を散策しておったというわけ。お別れを言い、また、紀の川サイクリングロードを延々、下井阪橋まで戻ったという本日の道程である。距離は測ってないが、たぶん、約80キロくらい?
(=^・・^=)


伊勢奥津駅行きのサイクリングが近づいている…。

もうすぐ、仲間と走る伊勢奥津駅周辺のサイクリングを計画中である。
しかし、秋の天気は変わりやすく、雨天中止なので、どうなるかまだわからない。

どれを乗って行こうか、今悩んでいる。自転車も複数台あると当日乗る一台を絞り込むのにかなり悩むことになる。

クラブモデルのガードを休日に取り外して、日帰り輪行用にしようかとか考えている。ガードがないと、いざ、出かける時の心理的バリアーが低くて済む。気軽に出かけられるので、いい。もちろん、途中雨天になりそうなら、それなりのガード付きを乗っていけばいいだけである。今、うちの愛車でガードがないのは、レーサー一台だけなので、もう一台くらいガードなしの自転車があってもいいだろうと思っている。

さて、コースはだいたい頭の中に入っているのだが、車で持っていくのか、全線電車かで悩む。電車だと帰りの時間が予想できない場合、怖いことになる。

うちの最寄り駅沿線はローカル線のため、奈良方面からの列車が1時間に1本しかない。しかも終電が異常に早いため、コースタイムを合わせるのに苦労するのだ。途中まで車で運ぶ方が得策だろうと思う。

さっそく列車時間などを検討してみよう。
(=^・・^=)

その後のubuntu16.04LTSは…。

パソコンのOSをubuntu16.04LTSにしてから約半月が経った。
数度のアップグレードを施して、ようやく安定して使えている。ただ、問題がないわけではない。問題は、スリープした後、復帰に失敗することが何度かあった。これは以前にインストールして実験したときにも発生した。あちこちと原因を探るが埒が明かない。

それで問題が起こると怖いのでいちいちシャットダウンしている。

この前の休日は、体調が悪く、自転車ではでかけていない。部屋にこもってLinuxをいじっていたというわけ。いじっていたのは、音楽用のファイルを作るためにabcdeというコマンドラインのアプリをあれこれと試してみた。

結果、エンコードは汎用性のあるmp3にして、設定は私の場合。↓

$ abcde -o mp3:"-V 0"

こうすることで、音楽用CDから、lameを使ってビットレート256kbpsくらいのステレオ音質の可変ビットレートのmp3ファイルが得られるようだ。

これくらいのビットレートになると、もはや他のエンコードと聴き比べても元のCDと聴き比べてもほとんど音質的に変化を感じられない。素晴らしい音質である。ただ、その分、ファイルサイズは若干大きくなるが。

それと、リッピングの遅いcdparanoiaを止めて、代わりにicedaxを使うように設定しておいた。これで、かなりエンコードまでの手順が早くなった。

だいたい、いつも聴き込んでいるのは、大好きなHarold Budd関連のCDである。ピアノのきれいな音にイーノなどの音響マジックがからんで素晴らしいアンビエント音楽である。晩秋になるといつもHarold Buddの曲を聞き惚れたくなります。一番のお気に入りは、イーノとのコラボ作品である"The Pearl"である。

公開は、Rhythumboxというアプリに取り込んで、Lastfmにログインし、自分の公開ページに公開している。だいたいいつも何を聞いているのか、ここで見ることができます!
http://www.last.fm/ja/user/razzi345

こうして、お気に入りの音楽を流しながら、今まで走ってきた写真集などを眺めて悦に入っているというわけである。

今のところ、困っているのは、ルートラボが使えず、ルート作りが頓挫したままになっていることくらいか。Linuxは実用上問題ないレベルであることをまず、報告しておきます。
(=^・・^=)

すいぶん昔の武庫川渓谷を歩いた記憶…。

もうずいぶん昔になりました。2002年の10月10日。
JR福知山線の廃線跡がウォーキングのブームになっている、との噂を聞きつけ、さっそく調査したのでした。その当時は、まだ、あちこちもうるさくなく、鉄路が残っていて、いい雰囲気のウォーキングだったと思います。現在は、たぶん、トンネルなどは封鎖されていて、通りぬけできないだろうと思います。ですので、ここに紹介したコースは今はもう、たぶん歩けないかもしれないことをお断りしておきます。orz

映画スタンド・バイ・ミーの世界のようで線路を歩くのはわくわくします。
出発は、JR生瀬駅です。そこから廃線跡を歩いて、武田尾駅までです。






今は、生瀬側が封鎖されているようです。
では、当時のお写真をどうぞ! (=^・・^=)























ガラパゴス化について思うこと…。

ガラパゴス化というキーワードがよく新聞紙上に出るようになって久しい。
要するに日本国内だけでしか通用しない規格品くらいの意味かと思う。よく例に出されるのが、携帯電話である。ガラケーとかいうらしい。私もつい最近まで使っていて、アイフォンに乗り換えた。

しかし、使い勝ってが決して悪かったわけではなく、周りが一気にスマホになったので、危機感を煽られ、乗り換えたのである。しかし、今は後悔している。毎月の料金が高いからだ。

ガラケーがなくなるかも?という噂はしきりに聞こえてくるが、一向になくなる気配はない。また、もとのガラケーに戻そうかと今、考えている。

さて、自転車の世界でもガラパゴス化は起きている。どこかで読んだが、日本の代表的なママチャリという車種がガラパゴス化の代表格だというのだ。海外では、まず見かけないスタイルの自転車である。

ママチャリはちょっと修理すればわかるが、非常にやっかいである。まず、後輪のパンク修理である。チェーンが全ケースといって、カバーに覆われているために簡単には、後輪が外せない構造になっている。はじめから、素人に修理させないようになっているかのごとくである。

こうした煩わしい構造が長年自転車屋を支えてきたのかな、と最近考えるようになった。もし、簡単に修理ができてしまうようなスポーツタイプのような自転車なら、自転車屋にわざわざパンク修理を持っていく人がいないだろう、と思うからだ。

結果、日本国内だけの販売に力点を置きすぎたために、日本の自転車業界は衰退した。それと為替レートの推移を見誤ったために多くの国内部品メーカーが潰れた。

今、隆盛を誇っているのは、台湾の業界である。

もうひとつ、ガラパゴス化の代表格が、ランドナーに代表される泥除け付きの自転車だ。今は、街を走っていてもスポーツタイプはみな、ロード系ばかりで、ラ系の自転車をみかけることはほとんどない。これも日本だけの固有種であり、ガラパゴス化の代表格であると思う。

これにはそれなりの理由があって、サイクリングのスタイル自体が日帰り中心になったことと、コンビニの全国展開なども影響していると思う。 

忘れてはいけないのが軽自動車である。これも日本の固有種だと思うが、非常に私は、好きだ。これくらいの排気量で十分である。山坂もよく登るし、狭い道は、軽自動車に限る。代々、乗り換えているのもすべて軽自動車ばかりである。

(=^・・^=)

ツーリングマップルにぞっこんの私。

今までサイクリングのルートには、いつもルートラボを使ってルートを作成してきた。それが、Linuxに乗り換えてからというもの、ルートラボ利用がかなわなくなった。原因は、マイクロソフトのプラグインである。それがLinuxに対応していない、というもの。

一応、代替プラグインの利用も検討したが、長々とターミナルから吐き出される得体の知れないライブラリなどを見るにつけ、怖くなり、途中でキャンセルした。安定が第一であるから、この判断は間違っていない。

さて、困った。しかし、案外、簡単に解決できた。答えは至極簡単であるが、いつもドライブに使用しているツーリングマップルを必要ページ分だけコピーすればいいのである。

ツーリングマップルほど、見ていて楽しい地図はまたとない。おもしろいビューポイントやら、噂の食堂などの情報がてんこ盛りでそれらを想像して読んでいるだけでも楽しい。現地に行った気分にひたれるのである。最近は、私は、長期の旅行もかなわないため、部屋で中国や四国地方など遠方のツーリングマップルを取り揃えては、将来行きたい土地の情報を眺めてみて楽しんでいる。

来月、実は仲間と奈良の奥地の曽爾高原へススキを見に行こうかとサイクリングの計画を建てているところである。そのルートも作る予定なのであるが、突然、私の気まぐれで愛機をLinux仕様に変更したため、ルートラボの利用が叶わなくなった。

代わりに古式ゆかしいフロントバッグにペーパーの地図を挟んでの参上となるわけである。
このツーリングマップルは、自転車で走る距離にしては、ちょうどいい縮尺サイズであり、重宝する。本家の国土地理院の地形図で5万図などでは、一気に走り抜けてしまうので、何枚も必要箇所を挟む必要がある。また、20万分の一地勢図なら、ちょうどいいサイズだが、マップルのようにお勧めの店の情報や、宿の情報、温泉情報など載っていない。

いざとなれば、スマホのマップがあるので、現地で確認という作戦だ。
後は、天気次第というところか…。

久しぶりの遠出となるため、今から楽しみである。
(=^・・^=)

本日、完全休養日…。

本日は、代休にて休みである。
天気は快晴なので、走りに行くかというと、そうでもない。実は、朝から、お腹の調子が悪く、部屋に引きこもっている。今、南側の空き地に本日より、新築のための工事が始まり、重機の音がやかましく鳴り響いている。

これで、いよいよ我が家も北側以外をすべて住居に囲まれての環境となるため、今までふんだんに注いでいた日光もあまり当たらなくなる。ま、いいことも悪いこともある。

一階の南部屋はもともと窓が少ないため、たぶん、湿気て真っ暗になると思われる。今は、母親の寝室となっているが、病気にならないか少し心配である。

二階は今書いたように南側からの直射日光が当たらなくなるので、たぶん、今より多少は暗くなると思うが、これが、案外、いいかもしれない。夏の日差しは強く、これがなくなるのがいい。

マイナス面としては、はるか南方の紀の川平野を眺めていられたのが、できなくなること。ま、静かに本が読めて、ネットができりゃなんでもいい、と思うことにしている。

この隣地、当初、公社買い上げの土地で社宅が建っていた。それも一階建て。そのため、たぶん、南側の眺望は守られるだろう、と思い、この土地を購入したのだそうな。しかし、時は流れ、公社は潰れ、社宅も取り壊しになってしまって、この度、二階建ての家屋が建つのだそうだ。

まあ、私の場合、この家でリタイア後ものんびりと暮らすだろうと思っている。リタイアしたら、多分、全国あちこち、自転車旅行の予定なので、自宅にいる時間は少ないだろうと思うわけだ。そのため、住居の環境は多少悪くなろうが、構わない。どうせ、長雨の時は洗濯物も乾かないし、コインランドリーへ走ることになるのだから同じことだ。

近所もこの前の葬式の時、感じたのだが、年齢を重ね、みなさん、世代交代の時期である。
私も二代目となるが、近所の交流はあまりなく、誰が誰か正直あまり知らない。これからは近所の活動などで、出る機会が多くなり、自然と顔も知れてくるだろうかと思う。

面白いことに私が大の自転車好きであることだけは、近所中に知られているようだった。
(=^・・^=)

鳥取地震があってから…。

鳥取地震があってから3日が経った。
地震当時、私は、お客と会談中であった。その最中、地震が起きた。最初、ゆらゆらと横に揺れるような感覚を感じたが、自分自身がめまいを起こしているのかな、と思っていた。

やがてテレビに字幕が出て、鳥取で大きな地震が起きたことを知った。

不謹慎にも、とっさに自宅の部屋に吊るしてある数台の自転車が無事かどうか、心配で心配ですぐにでも飛んで帰りたい心境であったw。

幸い、自宅の愛車たちは無事であった。地震対策として、部屋のラックは天井と床につっぱり式にしてある。サスペンションが仕込まれていて、少々の揺れなら吸収するようにできているようだ。

自宅の外壁をよく見てみると、あちこちにひび割れが生じているのがわかる。長年の経年劣化であるが、原因はたぶんこうした大小様々な地震の影響だと思う。我が家は鉄筋コンクリート建築のため、振動などに弱い。中心部の鉄筋は大丈夫でも、周囲のコンクリートが剥がれ落ちてしまう。

一番困るのは、屋根のコンクリートにひび割れが生じることだ。そこから雨水が染み込み、部屋の中への雨漏れの原因となる。今は、対策として、樹脂を屋根とベランダにコーティングしているが、これとて経年劣化は避けられない。いずれ修繕となると思うと気が重い。

これら特殊ペイントの料金は非常に高いし、置いている物を一旦全部どかさないといけないからだ。

まず、今回の地震で思うのは、日本中、もはや安全といえる土地はない! ということ。
活断層があろうがなかろうが、地球の構造上、海溝にプレートが沈み込む場所に不幸にも、国土が存在しているので、大小様々な地震が太古より発生しており、いっそのこと。土地とインフラだけ、整備して、モンゴルの人のようにテントのような住居が一番安全なのではないか、とか考えてしまう。

私が常々、不思議に思うのが、お寺や城など、瓦屋根の重厚な建築がなぜ、この地震国で続いてきたのか、ということ。海岸べりに人が住み続けるのも不思議といえば不思議だ。古来より津波が定期的に押し寄せてきたのにもかかわらず、なぜに人は海岸から離れないのか。

地震については、100年スパンどころではなく、それこそ1000年スパンくらいで考えないといけないのだな、と最近思うようになった。いずれにしても、大地にしっかり建築されているヨーロッパのような堅牢な建築物はこの国の風土に合わないような気がしてならない。高層マンションなんて流行っているが、建てている場合ではないのではないか、と思う。

来月、母親が鳥取旅行に行く予定になっているが、はてさてどうなることやら…。

(=^・・^=)

10/22土のポタリング…。

↑背ノ山です。手前は紀の川。



↑柿もすっかり色づいております。かつらぎ町付近。


本日、土曜休みにて、朝、母親を買い物に乗せていき、その後、着替えて、ランドナーを出す。
38Bの太いタイヤはふわふわした乗り心地で、普段乗ってばかりいるチューブラーとは正反対。しかし、呑気に自転車に乗って行くには、このタイヤがちょうどいいと思う。

打田から淡路街道を東へ進む。古い家並みが続いている。時間が止まったように静か。
本日、いつも気になっていた傾きかけた古民家が取り壊されていた。とうとう、倒壊の危険性からか、取り壊しになった模様。ボツボツと空き地が目立つようになってきているこの街道筋、実は、私の高校生の頃の通学路でもあった。

よく、出発が遅れて、遅刻が増え、しまいには、親が呼び出しをくらったりしたこともあった。
しかし、田んぼの風景や溜池の水鳥の様子、実りの季節の稲穂など、季節ごとに心に焼き付いた印象は、中年となった今でも懐かしいのである。

そういえば、大昔、高校生の頃、この街道筋の南勢田あたりで、呼び止められ、司馬遼太郎のような白髪の男性にいろいろ、淡路街道のことを質問されたことがあった。

街道を歩くのがブームなのかどうなのか知らないが、時々、中高年夫婦がリュックを背負って歩いていたりするのに出くわす。

さて、いつもの藤崎の堰を過ぎて、ちょっと上りを越えると、通称へび島が見えてくる。ここの吊橋のところで、一服するのが、恒例となっている。ランドナーのペダルから、足をひねって着地する。そっと、ゲージに手を伸ばし、ポカリのペットボトルを抜き取る。一口二口、いただく。

上空でカラスが一羽、カァーカァーと騒がしい。
空は本日、どんより曇っていて、もうひとつサイクリングの楽しみとは違うような印象だが、私はどちらかというとこういう鉛色の空模様が好きである。そして、枯れすすきやら、すっかり刈り取られた田んぼやらの風景を見ていると、四季のあるこの国に生活していて本当に良かったな、と思うのである。

さて、人心地ついたし、行くか…。
おっと、空がとうとう泣き出した。頬に冷たいひとしずく。
 本日は、気分がいいし、ちょっと足を伸ばして橋本の方へと思ったが、本降りになる前に引き返すことにした。

トイレに行きたくなったので、道の駅万葉の里へ立ち寄り、済ます。
雨の量が若干増えだした。これはいかんということで、国道を飛ばして、粉河へ急ぐ。粉河からは、また淡路街道を走って、自宅に戻った。
これで、だいたい30キロほど。休日にちょうどいいポタリングコースなのである。
(=^・・^=)

パークツールのスポークゲージを買った…。







パークツールのスポークゲージを買ってみた。
欲しかった理由は、スポーク長を測れるだけでなく、このゲージには、コッターピンのサイズ測定や、バラ玉の径を測れる穴が開いているのである。

私など、古式ゆかしいコッタード愛好者であるから、このゲージは前々から欲しかったわけだ。

コッターピンには、サイズが、いろいろあって、このゲージには、8mmφのものから、9.5mmφまで0.5mm間隔でそろっていて重宝する。私は、主にフレンチサイズの9mmφのコッターピンをよく使用するので間違ってサイズの違うものを使わないか、これで慎重に測定できるというわけだ。

もちろん、スポーク長も手組愛好家の方には、必需品だろう。
特にリアスポークの左右を取り違えると、テンションが適正にならず、大変な苦労をすることになる。少しでもややこしければ、これで図ってから、左右そろえて組むとよい。

ま、素材はアルミでできていて、減らないものだし、一生モノだと思う。

いい買い物をした。(=^・・^=)

冬の準備。コタツについて…。

着実に冬が近づいている気がしている。朝夕とめっきり寒くなった。といってもまだ、部屋の中で暖房をつけるほどではない。

日本の冬の定番といえば、コタツである。
正方形の足が4本ついた正当デザインのものである。私の家のコタツは、和歌山では珍しく、豆炭使用の専用品である。ネット通販で取り寄せた。豆炭で、まず、煮豆やシチューなどの料理を温めて使い、料理が終わると、コタツに豆炭を放り込んでそのまま余熱を利用するわけだ。一石二鳥である。

豆炭は単価が安く、エコである。一度加熱して使えるようになると、ほぼ一日中温かい。それに特性の大型の布団をかぶせて使うわけである。コタツの上には、定番のみかんである。

 いつもこのブログを部屋の机で書いているが、冬場は、コタツ上で書くことが多くなる。疲れてきたら、寝転がってそのまま居眠りを決め込む。

私の場合、インテリアには、コタツが必須である。こたつさえあれば、生きていけると思う。たぶん…。
(^^)

猫を飼っていたころは、猫とこたつの場所取り合戦で熾烈を極めた。 奴はこたつでも一番ぬくぬくといい場所を知っているのである。それで、そこは俺様の場所だ、どけ! と言わんばかりににらみを効かせ、入ってくる。しかし、賢く、豆炭こたつのため、決して中には潜り込まなかった。一酸化炭素中毒で死ぬのがわかっていたのだろう。

高校生の頃はこたつに寝転がって、到着したばかりの定期購読誌のニューサイを片手にポテトチップスなどを頬張りながら、モクモクとツーリングの記事を読んでいたっけ。そして、妄想は膨らみ、誌上で見かけた魔物に触発され、幾日も熱にうなされたりしていたわけである。

寒い真冬の夜などは、家族がお互いの場所取りを主張し、嫌悪な状態になった。コタツはストーブと違い、ほんとうに極楽である。いちど入ると抜けられない心地よさがあり、テレビの視聴角度なども微妙にからまって、お互いのベストポジション争いに発展するのだ。

あー、我が家は畳敷きとこたつ。純和風である。しかし、これが一番極楽である。
コタツトップで使うマックブックはほんとにありがたい。バッテリーの持ちもいいし、今のところ、買い換える予定はない。この度、リナックスにて延命を図り、見事蘇ったわけである。

これからもコタツに入ってだらだらと駄文を書き散らすことと思う。
どうか、末永くお付き合いくだされ…。(=^・・^=)

午後より紀の川周辺をポタリングした。

久しぶりの平日休みである。
しかし、朝からは雨。しかも用事があって、午後から出かけることにした。

今日の愛車もいつものクラブモデルもどきである。
昨日、エアーをカンカンに入れたばかりなので、本日はそのまま乗ることにする。アスファルトの荒い路面になると、フロントのガードがビンビン鳴く。

しかし、なめらかな路面となると、鳴き止むので、しばらくこのままで行くことにする。免震のゴムシールを貼り付ければ、かなり改善されると思うが、面倒なので、まだやってない。

とかく泥除けという部品は、つけると見栄えはするものの、鳴いたり、輪行の時に邪魔だったりと実用性より、マイナス面が多いように思う。しかし、旅行車のため、ガードをつけないのでは様にならないので、そのままにしている。

本日のポタリングコースもいつもの紀の川サイクリングロードである。おおよそ、これくらい快適に走れるコースを私は他にしらない。大した激坂もなく、ほぼフラットで、川沿いにのんびりと走れて、車も来ない。本当に自転車天国なのである。しかも総延長が100kmほどにもなるという。まだ、全線走っていない。和歌山市の方が車が多いので、敬遠しているが、河川敷のサイクリングロードが整備されれば、行ってみたいと思う。

このルート、ご丁寧に一定距離ごとに紀の川河口まで後何キロという表示がしてあり、方向を示す矢印とともに表示されていて、親切である。これで、後どれくらい走ればいいのかがだいたいわかる。路面にはずっと青いペイントがされていて迷うこともない。

平日はサイクリストをほとんど見かけない。寂しい限りである。しかし、がんばって走っている人もいた。なぜか、みなさん、車種はロードなのだが、必死に走っている格好がおかしい。もっと力を抜いて周囲の景色でものんびり堪能しながら走ればいいのに、もったいない、と思う。

こちらは、いつものSPDサンダル履きに大型のサドルバッグであるから、さぞや、遠距離を走ってきたのかしら、と思われるのが恥ずかしいが、この格好が好きでやっているので、一向に気にしない。

堤防の下の柿畑は、すっかり色づいていて、晩秋にさしかかるこの季節を感じさせる。
ときどき、野焼きの草木を燃やす匂いが鼻につく。幼少の頃は、よく隣の柿畑の中で焚き火をやって焼き芋を焼いて食べましたっけ。懐かしい思い出である。

そんなことを思い出しながら漕いでいると、いつの間にか、粉河を通り過ぎ、かつらぎ町まで来ていて、そこで、Uターンした。(=^・・^=)


 ↑青いサイクリングロードのペイントがどこまでも続く。



 ↑粉河の藤崎の堰。連日の雨のためか、水量が多かったな。


日曜日、今日もチューブラーは快調。紀の川周辺をポタリングしたよ。


2016.10.15 晴れ。

日曜日の午前ポタリング。今日も紀の川サイクリングロードです。今日はちょっと夕方から用事があるので、短めにしております。愛車はいつものクラブモデル。出発前にチューブラーにカンカンにエアーを入れて、いつもの大型サドルバッグを括りつけ、SPDサンダルのクリートをカチッとはめて出発です。

今日は、もう10月中旬。空気が乾燥していてひんやりします。それで、秋物の長袖ジャージを引っ張りだして着てみました。冬物が極端に少ないので、いつも着回しに苦労しています。メカには思いっきりお金かけるくせにウェアには無頓着w。

さて、いつものかつらぎ町あたりに来ましたところ、例のロールがたくさん転がっていました。草はきれいに刈り取られ、堤防沿いはすっきりしています。

これもリナックスで書いていますが、快調であります。
今日はOSを乗り換えた記念すべき日になりそうですな。

重くなる一方のMacOSXに別れを告げました。
ま、ハードの方はまだまだ十分に活躍できるので、これから末永く愛用していこうと思います。

ロードテストで、また何か発見があったら報告します。
(=^・・^=)

Ubuntu 16.04LTSを入れてみた…。

MacOSXに先ほど別れを告げ、新しくUbuntu16.04LTSをインストールしてみた。インストール自体は何も問題なく、20分ほどで終了。

さっそく新しい世界に触れて楽しんでいる。Rhythumboxがいい感じだが、曲名の取り込みでこけている。まったく対応していないCDが多すぎる。

代わりにコマンドラインのabcdeをインストール。こちらはCDDBに対応していて、ほぼどのCDでも取り込めるようだ。

ネットも見てみているが、まだ、問題は起きていない。ただ、前回のインストール時にこけた、スリープは怖くて使えない。フリーズしてしまい、どうにもならなくなった苦い経験があるからだ。それとセキュリティのためにも毎回面倒でも、使用後は、シャットダウンする方がいいだろう、と思う。このご時世。

 ま、あまり凝ったことをする気はないので、このリナックス環境で十分だろうと思う。
ネットが見れて、メールができりゃいい。

あ、そうそう、日本語環境のmozcであるが、随分と賢いではないか。これなら、十分使えるレベルである。たまにご変換はご愛嬌か。

さて、せっかくの日曜だし、ポタリングに出かけてこようと思う。
(=^・・^=)

またしてもMacOSのバージョンアップ通知が…。

ずっと愛用しているMacBookであるが、そろそろ限界に来ているような気がする。というのも、知らぬ間に次のMacOSのメジャーアップデートが準備されていて、その名もMacOS sierraとかいうらしい。なんでも読むと、話しかけると操作できるとか…。しかしなぁー、一人部屋で使っているのに、ぶつぶつとコンピュータに語りかけるなんて気味が悪い。

困るのは、それよりもアップデートしないと、セキュリティ面で心配になることだ。

Linuxにしようかどうしようか、非常に悩む。

インストールするとすれば、やりやすいUbuntuがいいかな、と思う。仕事でも使うため、LibreOfficeは必須である。後は、普通に難なく使えれば、問題ない。

今からやってみるか…。

もうこれ以上、アップルの望まないアップデートに付き合わされるのもいい加減嫌になった。これ以上の装飾は私の場合、不要である。

少し、お馬鹿な日本語入力と使いにくいタッチパッドさえ我慢すれば、Linuxも悪くない。
(=^・・^=)

風伝峠を越える…。

2005.4.15
もうかれこれ10年以上前になるが、風伝峠を自転車で越えたことがあった。道の駅瀞峡街道熊野川へ車をデポし、そこから走り始める。
北山川を渡る島津大橋にかけてちょっとした峠があり、この峠がきつかった。やっとのことで、押上げ、越える。途中、崩落現場があり、その昔、トラックが落ちたとのこと。乗っていた運転手はどうなったのか知らない。

島津大橋にかけてのダウンヒルを楽しみ、板屋の方へトンネルを抜ける。ここは昔、鉱山があったところで、戦時中は捕虜が大勢働いていたらしい。近くに鉱山資料館があり、内部に入れば、当時の写真を見ることができる。

さて、しばらく行くと風伝トンネルへ行く道から右脇へそれて旧道が伸びている。こちらを行く。いきなり上りが始まる。最初はギアをインナーに落とし、じっくりと漕いでいく。日頃のツケが一気にくる。息があがり、ハァーハァーいう。

春の独特の草木の匂いがしている。日陰に入るとひんやりしている。杉木立の中を行く道になる。暗い。それに枝がたくさん落ちていて、もはや、この旧道がメインストリートではないことを思い知らされる。車も来ないし、静かである。

登り口から30分ほど乗ったり押したりでやっと頂上の茶屋が見えた。風伝峠である。峠からちょっと下ったところから小さく集落が見えた。茶屋はまだ営業中であった。

下りきると、風伝トンネル脇に出てきた。しばらく田園地帯をのんびりと漕ぐ。
やがて熊野川河口に到着。ここから、はて、どう行くか悩むが、168号は暴走する車が多く危険なため、対岸のルートを北上することにした。しかし、このルート、かなり走らないと国道側へ渡る橋がない。

こちらのルートはまったくの自転車天国であった。車が来ないし、道幅も小さく、自転車にちょうどいい。人知れず、いい雰囲気の滝もあったし、奇妙な形をした岩もある。変化にとんだ道である。

この日はパンクもなく、チューブラーを嵌める苦労もなしに帰路に着いた。
(=^・・^=)

 道の駅瀞街道熊野川から北へ走り始める。国道は車がビュンビュン来るので怖い。


 熊野川と北山川が合流している地点。川の色が微妙に違った。


 宮井大橋を渡り、いよいよ瀞八丁方面へ向かう。


 北山川の眺め。


 国道169号から別れて、右へ行く。湯の口温泉方面である。


 島津大橋手前にこうした峠がある。かなり登らされた。キツイ。


 島津大橋。いよいよ三重県を走ることになる。あれを渡り、トンネルを抜けると板屋の集落である。風伝峠はもうすぐだ。

 元、鉱山のあった町。板屋。


 奇妙なとんがった山があった。


 田植え前の田園地帯を走る。


 やっと着いた。風伝峠への入り口。右側に入ると、旧道である。


 旧道は車が来ない。自転車天国。しかし、じわじわと足にくる。キツイ上り。


 途中、はるか眼下に風伝トンネルへの新道が見える。


 まだ、風伝峠には着かない。道はフラットになったり、登ったり。


 暗い、杉木立の中を行く。


 途中、熊野古道の古来の道があった。


 やったー。風伝峠、到着である。


 茶屋がまだ残っていた。


 峠から少し下ると、集落の風景が見えた。


 下りきると、あっさりと風伝トンネルの脇へ出た。


 後は、新宮までのんびりと田園地帯を漕ぐ。


 田植え前の田んぼが広がる。


 車も来ないし、最高のルート。


 熊野川の河口付近。新宮の町が見える。


 国道168号とは反対側のルートを北上することにした。


 こちらは、車も来ないし、静かないい雰囲気の道である。


 柱状節理があった。

 滝の名前は忘れたが、いい雰囲気である。人はいなかったな。


 豆腐のような奇妙な岩に遭遇。


 ゆったりと流れる熊野川。


デポ地の道の駅が対岸に見える。まだ渡れる橋がない。


 やがて登りになる。杉木立の中を行く。道の駅にはもうすぐだ。

今日は休みだが、疲労感が残っている。('A`)

 昨日は、デイサービスの運営指導の資料作りの残業で深夜の帰宅であった。(;´д`)トホホ… 帰ると、まもなく母が便失禁。その後始末。('A`) ようやく布団に入ったのが深夜0時頃だった。 6時に起床。若干の疲労感が残っている。特に眼精疲労。細かなエクセルファイルをずっと見...