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10/22土のポタリング…。

↑背ノ山です。手前は紀の川。



↑柿もすっかり色づいております。かつらぎ町付近。


本日、土曜休みにて、朝、母親を買い物に乗せていき、その後、着替えて、ランドナーを出す。
38Bの太いタイヤはふわふわした乗り心地で、普段乗ってばかりいるチューブラーとは正反対。しかし、呑気に自転車に乗って行くには、このタイヤがちょうどいいと思う。

打田から淡路街道を東へ進む。古い家並みが続いている。時間が止まったように静か。
本日、いつも気になっていた傾きかけた古民家が取り壊されていた。とうとう、倒壊の危険性からか、取り壊しになった模様。ボツボツと空き地が目立つようになってきているこの街道筋、実は、私の高校生の頃の通学路でもあった。

よく、出発が遅れて、遅刻が増え、しまいには、親が呼び出しをくらったりしたこともあった。
しかし、田んぼの風景や溜池の水鳥の様子、実りの季節の稲穂など、季節ごとに心に焼き付いた印象は、中年となった今でも懐かしいのである。

そういえば、大昔、高校生の頃、この街道筋の南勢田あたりで、呼び止められ、司馬遼太郎のような白髪の男性にいろいろ、淡路街道のことを質問されたことがあった。

街道を歩くのがブームなのかどうなのか知らないが、時々、中高年夫婦がリュックを背負って歩いていたりするのに出くわす。

さて、いつもの藤崎の堰を過ぎて、ちょっと上りを越えると、通称へび島が見えてくる。ここの吊橋のところで、一服するのが、恒例となっている。ランドナーのペダルから、足をひねって着地する。そっと、ゲージに手を伸ばし、ポカリのペットボトルを抜き取る。一口二口、いただく。

上空でカラスが一羽、カァーカァーと騒がしい。
空は本日、どんより曇っていて、もうひとつサイクリングの楽しみとは違うような印象だが、私はどちらかというとこういう鉛色の空模様が好きである。そして、枯れすすきやら、すっかり刈り取られた田んぼやらの風景を見ていると、四季のあるこの国に生活していて本当に良かったな、と思うのである。

さて、人心地ついたし、行くか…。
おっと、空がとうとう泣き出した。頬に冷たいひとしずく。
 本日は、気分がいいし、ちょっと足を伸ばして橋本の方へと思ったが、本降りになる前に引き返すことにした。

トイレに行きたくなったので、道の駅万葉の里へ立ち寄り、済ます。
雨の量が若干増えだした。これはいかんということで、国道を飛ばして、粉河へ急ぐ。粉河からは、また淡路街道を走って、自宅に戻った。
これで、だいたい30キロほど。休日にちょうどいいポタリングコースなのである。
(=^・・^=)

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