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B.Enoを聴きながら過ごす大晦日。

 アマゾンの創業者のジェフベソスが人類がこのまま発展していくには宇宙に進出して、広大な宇宙空間にコロニーを作るしか無い、と言ったとか。 朝からスーパーに父と母を乗せて今年最後の買い出しに行った。帰ってからあまりに寒いので部屋に閉じこもっている。ノートパソコンを開き、お気に入りの音楽、そう蒐集してきたブライアン・イーノのアルバムを聞き流している。On Landは一番のお気に入り。太古の地球からのメッセージともいうべき音である。 いわゆるアンビエントと呼ばれるジャンルも好きだ。この方面のアルバムもたくさん持っている。日本人ゆえか、楽曲販売より、CDという物理媒体を好む。(・∀・) 年末年始はとにかく暇なので、音楽を聴く時間が長い。動画を見るのもいいのだろうが、私は目が弱いので、すぐ眼精疲労になる。 イーノの音楽を聴きながら、窓の外を流れていく雲を眺めているのが好きだ。中世の頃は、あの雲の上に天国があるらしい、とまことしやかに信じられていたとか。(・∀・) その時代の頃は人類はもとより、宇宙からの地球の姿を知らなかったのであるから、雲の向こうに広大な無限大の宇宙が広がっているなんてまるで知る良しもなかったのである。 私の持っているお気に入りのDVDにpowers of tenというのがあるのであるが、これは原子レベルのミクロから拡大していき、やがて宇宙の大規模構造に至るまでの旅を紹介している動画である。人間がいかにはかない存在か、地球がかけがえのない存在か、がわかる動画である。私のお宝である。(^^) 毎年、年の瀬になると気になるのが来年の西暦年である。私は数学が苦手であるが、数学は好きである。それで、毎年、西暦年が素数になるのかどうか、非常にわくわくしている変人なのである。 残念ながら、来年2022年は偶数年なので、素数ではない。(・∀・) 最近で言うと2017年が素数年だったな。別に何が起こるというわけではないが、妙に期待してしまうのである。そう言えば、少し前の素数年が2011年だった。しかし、この年の3月に東日本大震災がやってきて、大津波で多くの犠牲者が出たのであった。 自転車もぼちぼち乗っていきたいが、こう寒くては乗る気にならない。困ったものである。 (=^・・^=)

2021年を振り返って。

 今日は大晦日である。早いものだ。大晦日が休日になるのも久しぶりである。(・∀・) 昨日は、今年最後の仕事納めの日であった。夕方、給水関係のアラームが鳴った。え!となり、初めて見るそのランプの点滅にびっくりした。早速、原因を探るべく、蓋を開けメーカーに電話するも、年末休暇のためつながらず。 しばらくして、あちこちから、住宅内の水が全て出ない、という事実に行き当たる。 外に設置している巨大な受水槽のポンプを見ると停止している。まさか、故障か?荏原のポンプであったので、見にくい表示版を頼りに管理者が電話をかける。ようやく繋がり、表示の数字から、察して受水槽へ登り、上蓋を取って中身を見て欲しい、という。 そうすると、なんと水が空っぽである。ようやく原因らしきものがわかった。要するに受水槽内の水位を感知するフロートが老朽化して、水が下がっているにもかかわらず給水していなかったのである。 強制的にフロートを下げてやると、水が勢い良く流れ出てきた。しかし、巨大な受水槽のこと、満水になるには半日くらいかかるだろう。運悪く夕刻で最後にお風呂に入る住人もいるようで、渇水と減水のランプが消えたかと思ったら、再度点灯である。 18時を過ぎて、ようやくお風呂に入る人もなくなり、タンクに水が溜まり始めた。 年明け、しばらくの間受水槽に登り、時々中身を点検して、フロートを押し下げる、という行動をするしか手はない。 ● 今年は私にとっては激動であった。まず、最初、3月退職宣言をしていたのであるが、撤回され、パート雇用への切り替えというので落ち着いた。4月からはパートのおじさんである。 同時にケアマネも降りた。一度に肩の荷が降りてホッとしている。 給料は下がったが、自由時間が増えて喜んでいる。平均的に週3日くらいの休みがある。 趣味の自転車の方は製作もポンコツクロスバイクを組み立て、一応落ち着いた。今はどこへ行くのもコイツを乗り回し、楽しんでいる。 5月になって自動車を買い替えた。軽自動車の箱バンである。自転車が丸ごと乗せられる。 カーサイクリングが楽になった。 今年一年はあまり遠出をしていない。サイクリングも地元ばかりである。しかし、旧道の大和街道を知り、コレに嵌まることになる。 今は、ロングで走り切るというのはやらないことになった。体力低下がその主な理由である。同時に身体の不調も続いて...

移民のこと。

 今日は12月30日。昔はカレンダー通りの会社で休みになっていたが、今はシフト勤務ゆえ、出勤となっている。今日はデイサービスの年越しそば行事があるらしい。 さて、この年越しそばであるが、日本では昔から、年の瀬にそばを食べるという習慣があるようだ。私の家でも一応、大晦日の日に食べることにしている。しかし、本格的な手打ちそばというのではなく、カップ麺のどん兵衛である。(・∀・) 紅白歌合戦というのが日本では年末の定番番組で国民のほとんどが視聴していた時期もあったようだが、紅組白組という分け方が、時代にそぐわないということで今年は組分けをしない方針らしい。 というより、紅白歌合戦の出場歌手の中身が疑問である。どういう選考基準で選んでいるのだろうか。まあ、私は歌番組にはほとんど興味もないし、今どきの流行歌も知らない。(・∀・) 明日も多分、デスクに座って、ノートパソコンで今年を振り返るみたいな感じで夜を過ごすことと思う。毎年、早く寝てしまうので、除夜の鐘というのは聴いていないが、近所のお寺の除夜の鐘が聴こえるらしい。 さて、日本人口が減少していくというお話を少し前に書いたかと思うが、移民の問題である。私は移民に賛成である。なんでも世界中で移住したい国ランキング、とかをネットで見かけたことがある。第一位はカナダだった。そして第二位がなんと!日本なのである。 理由は治安がいいこと。教育水準がいいこと。買い物がしやすいことなどである。 永住権を取るのが難しいとよく聞くが、この辺を少し緩和してあげれば、もっと移民が増えるのにと思う。移民に将来頼るしか日本の生きる道はないだろう、と思っている。少子高齢化は今に始まったことではなく、この先も続いていくし、もう回復する見込みもない。 私もずっと50年以上日本人だが、日本は素晴らしい国だと思う。凶悪事件も増えているが、治安はいい。その証拠に野菜などの無人販売がすぐ近所でも実施されているし、今も続いている。私も時々買う。(^^) 豪雪地帯もあるようだが、西日本は基本温かい。冬場でも積雪は滅多にない。気温も低いと言っても3℃くらいである。日中は10℃くらいになる。 今はコンビニが全国にあるし、買い物にも特に困らない。後、水がきれいで安心してどこでも水道水が飲める。空気もきれいである。 歴史好きなら、日本全国に神社仏閣があって、それらを回...

年の瀬にこの世に想うこと。

今日は休み。すっかり年の瀬である。慌ただしく過ぎた一年だったな。コロナに始まり、コロナに終わる。(・∀・) 今年は、宇宙元年になるのかな、という思いがある。前澤さんが、有人宇宙飛行に行った。民間人でも宇宙旅行に行ける時代の幕開けである。 昔、立花隆著、宇宙からの帰還、を熟読していた。あの頃は宇宙に行くという体験が人間の内面変化にどういう影響を及ぼすのか、ということに異常に興味があった。 今年は、同僚が暮れに亡くなり、激動の年であったわけであるが、世界情勢を見ると、なんともきな臭い。ロシアがウクライナに侵攻するのではないか?とか、ウクライナがNATOに加盟するのか?とか、中国が台湾に侵攻するのではないか?とか。 あー、やれやれである。 一方で宇宙から地球を見る機会を得る人がいるというのに、まだ、地上でせせこましい国境線争いに明け暮れ、機会あれば戦争をしかけようとする愚かさよ。 NASAのfor all mankindシリーズの動画を以前ご紹介したが、今でもyoutubeで検索すれば出てくるので、興味ある方は見て欲しい。この動画は、アメリカのアポロ計画の全容を知るいい動画である。BGMは私の大好きなブライアン・イーノの音楽である。 月面から登る地球の眺めというのがあるのであるが、非常に感動的である。というか、なんともいえない郷愁に襲われる。この真っ暗な宇宙空間にポッカリと浮かんだ地球。その他には生命の気配すらなく、唯一無比である。 異星人がいるのか、いないのかというのが激論になっているが、私はいる、と思っている。現に我々地球人類がある程度知性というものを持ち、文明を起こしているからである。 地球環境を考えると、この宇宙で地球と同じような気候を実現するのが奇跡的であるという。ほんの僅かでも太陽との距離が離れていたり、近すぎても生命は発生しなかっただろう、と言われている。 それなのに、人間同士がいつまで経っても殺し合いを止めないというのは、愚かというほかない。 人間というのも今ではだいたい、東アフリカから出発して、全大陸に行き渡り、それぞれの土地で独自の進化を遂げた結果、黒人、白人、アジア人、と枝分かれしたという。 ヨーロッパ言語の起源をたどると古代ローマのラテン語に行き着くらしいが、日本語の起源は謎である。一応、文字としての漢字は中国から輸入してそのまま使われている。中国...

明日は年末の買い物の予定

 今日28日は出勤である。変則勤務ゆえ、年末年始も関係ない。(・∀・) 明日は休みになっている。それで家族で明日は今年最後の大買い物作戦となるわけである。 昔、青果市場関係に居たので、よくわかるが、市場は一応年末30日が最後となる。なので、明日くらいがちょうどいい買い物時期となるのである。それ、以降はあまり新鮮な食材が入ってこない。 一番、心配なのが、ごみ収集である。明日くらいが最後となるようなので、正月明けの3日くらいまでゴミが溜まることになる。 いつも思うのだが、将来日本の人口減で、こうしたインフラが維持できなくなると、ゴミ収集などの行政サービスが軒並み有料化されるのではないか?という心配である。 都市部はまだいい。田舎の僻地などになると、ゴミを収集にきてもらうのに大変なコストがかかるようになる。それをどうするのか、という問題。 高齢になって一番困るのが、買い物とゴミ集積場へ運ぶことである。我が家もいずれ、そうなる。不安がよぎる。 さて、昔は正月というとのんびり気分で家でゆっくりしていたものであるが、今どきは出かける人も多く、観光地は賑わっていた。しかし、昨今のコロナ禍ですっかり人出も減り、観光地も閑散としている。 皆が家に閉じこもって過ごすため、電力消費量が半端ないようだ。すこし、エアコンを入れて暖かくなるとすぐ切るようにしている。少しでも節電しようというわけだ。後は足元の赤外線ストーブだけ。 まだ、私らのところは、積雪がないため、毎朝の雪下ろしなどない。かなり恵まれている。豪雪地帯の人は本当に大変だな、と思う。 コロナ禍が明けたら、どうなるのかな?とちょっと期待と不安が入り混じっている。今、日本は円安が進行し、物価が上昇し続けている。なのに、給料は増えないので、生活は苦しくなるばかり。光熱費の上昇が痛い。これらライフラインにかかわる出費は抑えることができない。 手を切るような冷たさの水道水を毎朝使って、私は洗い物をしていたが、今日は実験的に風呂場の給湯器からお湯を流し、お湯で洗ってみたところ、快適である。時々は使わないと、配管がだめになる。無事にお湯が出てきてホッとしている。 あまりに寒いため、今日も車で通勤である。 (=^・・^=)

年末になって家事が忙しい。

 年末になった。買い物に行く予定がぎっしりで、家事が多い。車も洗車してやりたいが、この時期、洗車場は満員御礼で順番待ちの長蛇の列である。 思えば、災難に見舞われた年だったな。11月の自動車事故は本当に痛い。保険料が思い切り値上がりした。(;´д`)トホホ…。 それともうすぐ還暦であるから、そろそろ放っておいても自動車保険料は高くなってくるものと思う。 昨今の高齢者の自動車事故の多さを見るとそろそろ自動車保険全体の見直しがありそうで怖い。要するに保険料を値上げして、自動車の維持を難しくするような方向に進むのではないか、という危惧である。 ま、両親が他界するまで自動車を維持できばいいか、くらいに思っている。スーパーは5キロ圏内にあるし、自転車で買い物も行ける。 仕事はいつまで続けるか決めていないが、まだ、自転車でも十分通勤は可能である。 来年3月のJRのダイア改正でJR和歌山線の王子〜五条区間の本数が減りそうだ。同時に桜井線も同じ傾向だという。 鉄道衰退の波が一気に加速した感じだ。コロナ禍の影響である。 JRの主力主力収入源である通勤定期代の落ち込みが激しいという。リモートワークの便利さに気がついてしまったため、もう後戻りはできないようだ。 田舎暮らしは悪くないと思う。リモートでできる職種なら、田舎でも十分である。ネット環境さえあればいい。 今日は冷える。厳寒である。遠くの山々は尾根伝いに白くなっている。どうやら凍結しているみたいだ。峠越えではスタッドレスタイヤか、チェーンが必要だろう。和歌山は温暖であるが、一年に一回くらい、結構積雪があって、峠越えできない日がある。 今日は月曜休みなので、父の通院と母の買い物、ガソリン給油、と忙しい。 結局大掃除というものの、換気扇を洗っただけで、ほかは手付かずである。(・∀・) 年末年始も関係ない職種のため、大掃除に必要以上に時間をかけられない、という事情もある。 今年もよく病院に行った。自分の健康ではない。利用者のため。 いつも思うが、地元の基幹病院であっても常に病床が逼迫しているような状況だ。救急で行っても入院を断られるケースがままある。 この仕事をしていると病院との関係は切っても切れない仲である。どの病院もコロナ禍もあるかもしれないが、それ以前に高齢者で入院の必要な人が溢れかえっている印象だ。 日頃の健康の大事さを痛感...

すっかり厳寒期になって、冬眠状態。

 クリスマスも終わり、師走の慌ただしさが感じられる日々である。私は、今日も出勤である。あまりに寒いのと、今日は午前中に同僚の告別式に参列する予定であるため、車通勤である。 すっかり厳寒期になったので、冬眠モードである。滅多なことでは自転車に乗らなくなった。裏起毛のタイツも買ってあるのであるが、体感温度が5℃程度とのことなので、それ以上に冷え込むとちょっと厳しい。 もう長いことランドナーも乗っていない。革サドルに溜まったホコリを払っている。(・∀・) こう寒くなると峠付近が凍結してしまい、十津川街道もいけなくなる。温泉もしばらくはお預けか。 今日は18時過ぎに帰宅予定である。テレビもめったに見ない。年末特番というのも興味なし。もっぱらネットで動画ばかり見ている。 連末最後のポタリングはできるのかどうか。 走るのなら、近所の大和街道で決まりだろう。 (=^・・^=)

聖夜に訃報が届いた。

 昨日も特にすることもなしで、20時頃に布団に入った。21時頃、枕元の携帯を見ると、ラインが着ていた。見ると、同僚が亡くなったと報告があった。ただただ呆然である。享年72歳。あまりにも早すぎる死に悲しみが広がった。 この方とは、いつも職場で山行きの歩きの話などをして盛り上がったものだ。私も山歩きは好きである。元気な頃は、富士山のご来光登山などを夜行で行って翌日帰る、というような荒業もやっていたらしい。 いつも笑顔の耐えない明るい方だった。合掌。 ● さて、時々、朝ドラのカムカムエブリバテディを見ている。一回見ると、続きが気になって仕方ない。日本の戦前から始まり、戦中と過ぎて、今は娘のるいの時代。昭和の高度成長期である。 その時代ごとにバックに流れる音楽が気になる。戦前、戦中、戦後とジャズがたくさん流れていた。るい、という娘の名にちなんだのはジャズジャイアントの一人、ルイ・アームストロングから取った名前だそう。 劇中によく流れる、ルイ・アームストロングの"on the sunny side of the street"は私の好きなスタンダードナンバーである。いつもLinuxに付属のrhythmboxというアプリで聴いている。これは大変便利で手持ちのCDを今年になって一気にすべてエンコードして放り込んである。すると、曲名で検索すると、同ナンバーの曲がずらっと出てくる。あれ?こんなに持っていたっけ?というほどである。 私の好きなのは、ビリー・ホリディのバージョンである。 ジャズもずいぶんと集めたもんだ。思えば、大学生の頃より、アルバイトでちょっとお小遣いが溜まると。CDを買ったものである。その頃はネットもなく、ようやくCDはカタログに増えだした頃である。 マニアというほどは持っていないが、そこそこ有名な盤は持っているつもりである。 こうして毎日、パソコンでエンコードしたCDを聴くのが日課となっている。これが目下の一番の楽しみである。 (=^・・^=)

今日はクリスマス。別段特に変わりなし。

今日はクリスマス・イブである。しかし、普段となんら変わらず。今日は偶然休みであったが、朝から年末の買い物に母を乗せていっしょにスーパーに行く。ちらしに載っていた特売品を買い、ご機嫌である。父は母はお寿司である。私はチキンの唐揚げを2つ買った。今夜はチキンと残っていたサニーレタスを食べただけ。それで十分に満足している。 父は手作りのケーキも嬉しそうに食べていたな。(・∀・) 後は家族が全員、コタツに入ってテレビの特番などを見ている。私は興味なしなので、二階へあがり、パソコンに向かう。 愛猫は出ていっていていない。雨が降っているようだが、まだ帰ってこない。お腹も空いていないようだ。 土日とまた出勤である。もう流石に明日くらいから、めっきり出勤時の車が少なくなってくる。世間ではどうやら年末年始の休みに突入するところが多いみたいである。 私の職場はシフト制なので、関係なし。 大晦日が偶然にも珍しく休みとなっている。晴れなら、今年最後の近所のポタリングでもやって締めくくるかな、と思っているところ。 昔は大金叩いて上等の旅行車を作ってきたが、今は旅行気分など吹っ飛んでしまい、もう近所を少し走れたらそれで十分に満足なのであった。 それとめっきり体力が低下してしまったのもある。最近は、五十肩がやけに痛む。それで、何をするにもやる気が起きない。ちょっと集中すると肩が痛い。それと目がすぐに疲れてしまう。歳のせいである。 私の死ぬまでに大変な時代になりそうな予感がする。一つは石油資源の枯渇である。今や世界中が発展のまっただ中にあり、原油の消費量が半端なく上昇している。そうすると消費ペースもうなぎのぼりで、あっという間に枯渇するのではないだろうか。 一旦、石油がなくなるとなると未来を予想するのが怖い。あらゆる製品の原料となっているから、自動車が走らなくなる以前に、一番困るのが電力需要だろう。石油がなくなると今の電力消費量を賄えなくなる。 夏はクーラー。冬は暖房なんて贅沢になってくるだろうな。 火鉢というのも昔はあったが、あれは案外暖かかった。今でも我が家のコタツは豆炭である。 ということで、インターネットが世界中に発達していくのも今後はどうなるのだろう?と将来に不安を募らせる私なのである。 (=^・・^=)

プラスチックの話。

 昨日、カーボンフレームの自転車が廃棄されると、劣化したカーボン繊維がマイクロプラスチックとなって環境中に広まっていくというようなお話をしたが、最近、こうしたプラスチックを食べる細菌が環境中に出てきているというニュースを見た。  世界中の微生物が「プラスチック」を食べられるよう進化している  まるで風の谷のナウシカのような世界のお話である。もし、これが事実でこのままプラスチックを食べる細菌が増えていくとしたら、今、環境中に広まっているマイクロプラスチックなどが、浄化される可能性が高い。大いに期待したいところである。 しかし、自然というのは凄いな、と思う。分解できなければ、分解できる方向に進化するとは。 最初にナイロンという合成繊維が発明された当時も、ナイロン工場の廃棄物処理場所付近には、こうしたナイロンという化学合成物質を食べる細菌が見つかったという。 しかし、安心してはいけない。これだけプラスチックが世界中にあるということは、大問題である。今更、回収というのも程遠いが、できれば、こうしたプラスチック分解細菌を培養してそこから酵素を特定し、DNAを解析して、人工的に大量にこうした酵素を作れれば、効率よくもっと早く、プラスチックを分解していけるだろうと思う。 この分野に国はもっと予算を使って欲しいと思う。 (=^・・^=)