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久しぶりにPC環境の再構築とか…。

世の中、何でも信用している人は、平和な日本とでも思っているであろうが、どっこい裏では凄まじい諜報活動が展開されていたりする…。

さきごろ、世間を騒がした京大の公安警察侵入事件ってのもそれだろう。
日本の警察機構は大きく分けて、刑事事件を取り扱う刑事部門と国家の安全を脅かすような輩を未然に発見、検挙することを目的にする公安部門とになるかと…。

で、例の京大侵入事件は、この京大構内に、公安が目を付けた学生運動家がいたんだろうな、きっと。それで、そいつの身辺をあれこれ探ろうとしたと…。

ところが、学生に見つかってしまい包囲されて一巻の終わり…。

と、これなどまだ可愛らしい方で、オイラはよくスパイもののノンフィクションなどを好んで読むのだが、今朝の朝日新聞朝刊に広島への原爆投下直後にどこよりも早く潜入して調査報告していたのがソ連のスパイだったと、今頃になって、こういう興味津々なネタが出てくるのだから、この先何が起こっても不思議ではないである。

原爆といえば、米国が秘密裏に開発を進め、マンハッタン計画というコードネームで知られる一連の極秘事項だった。第二次世界大戦当時、ヒトラー率いるナチス・ドイツはもとより、米国、ソ連と列強こぞって、この原爆の開発が可能かどうかを必死に進めていたわけである。

結局、先鞭をつけたのが米国だった。今では、原爆の作成法は公然の秘密であって、世界的に知れ渡っている。何が一番困難であったかというと、当時、核物質を人為的に核分裂反応を連続的に起こさせることをどうするか、で悩んでいたわけで、当時、投下された原爆は確か、爆縮型という方法の原爆だったと思う。これは、核物質の周りに火薬を詰めて、球面方向から、一瞬に膨大な爆発力でもって圧力をかけ、それで核を壊して一気に核分裂を推進する、という方法である。当時は、この火薬の詰め方や、爆縮の方向性が謎であった。

ぜがひにもこの核心を知りたかったのが列強各国だったのである。
当時は、相当なスパイ合戦が繰り広げられたようだ。なにせ、核兵器をいち早く手中に収めたものが世界を手中に収めるという図式だったから。

ソ連のスターリンも中国の毛沢東も、喉から手が出るほどにこの手の情報が欲しかったわけである。

しかし、国家転覆などという物騒なことを計画しているような輩はやはり、いることにはいるらしく、公安が暗躍しているのもその証拠である。

ま、オイラなど、尾行されるようなやばいことも考えてないので安心であるが、個人の考えや予定など秘密情報を知られるのは、嫌である。ささやかな抵抗として、セキュリティ強化の方法を検討した次第…。

一番、個人が怖いのは、インターネットでの買い物だろう。頻繁に使うクレジットカードや銀行口座のパスワードなどは、絶対に秘匿したいものだ。

ま、今日やってた作業は、こういうのです。↓

仮想マシンを立てることで安全にWebサイトを閲覧する

雨なので、どっかショッピングモールでも行ってマターリ過ごそうかとw…。
(=^・・^=)

コメント

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