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【レポ】古座川〜串本ライドの巻

 ●コースです。↓


●写真です。↓

今回のデポ地。道の駅虫食い岩。

その名の通り、ガミラス星のような雰囲気。(゚∀゚)

河内橋が見えてます。いよいよ古座奥へ入っていきますよ。

月野瀬の牡丹岩。

明神の潜水橋が中央に見えています。

鶴川橋から上流を見ています。

一枚岩です。一つの山がまるごと一つの岩でできています。すごい巨大。

一枚岩の下流側には馬の蹄のような岩もあるんですよ。

少し離れて上流に行くとこのように一枚岩全体を収めることができます。

トンネルを抜けると天柱岩です。

光泉寺に着きました。

大銀杏の木です。下から見てもかなり巨大。

本当に立派な銀杏の木ですね。紅葉がきれい。

お地蔵さんも黄色の絨毯に立っています。

さようなら。光泉寺。また来るよ。

峠への道のり。坂が徐々に足にキテマス。

途中、道幅が広くなりました。

これが本日乗っていった愛車32B号です。

やっとこさで峠の頂上です。トンネルがひとつ。

串本のみなとまつりで昼食。お造り定食をいただきました。(^^)

これからあの紀伊大島へ渡るのか。

ループ橋途中から大島沖を眺めています。

串本へ一隻の舟が向かってますよ。

トルコのエルトゥールル号遭難事件の碑。

樫野崎の灯台へ到着。

灯台に登れるみたいです。当然、登ります。

灯台上から沖の風景を①

灯台上から沖の風景を②

灯台上から沖の風景を③

デポ地の虫食い岩に戻りました。

2022.11.25 晴れ

予定どおり、車を飛ばし、道の駅虫食い岩に8時半到着。(゚∀゚)

朝食を車内で食べ、トイレを済ませてから出発とする。虫食い岩はその名の通り、スポンジのような穴だらけの岩。まるで宇宙戦艦ヤマトのガミラス星のようだ。

しかし、日陰に入ると冷えるため、一旦止まり、ウィンドブレーカーを着る。これで大丈夫だ。手先も冷たいが、今日は頻繁な写真撮影のために指切りグローブである。

まず、串本へ先に行くか、後から回るかで、悩む。地形的には、激坂がある。紀伊大島、それと和深へ下る矢鱈坂という面白い名前の峠道だ。これを先に越えてしまうと、後に足が残らない、と思う。たぶん。(゚∀゚)

それで、さきに三尾川へ走り、光泉寺に寄って大銀杏の木を見物し、その後矢鱈坂を下るというルートに変更した。これが見事に正解だった。

古座川ルートは何度も来ているが、河口から遡るルートを行くのは初めてである。しかし、これもイイ。途中、月野瀬の牡丹岩。明神の潜水橋。一枚岩。天柱岩。とそれぞれ奇岩や名勝を写真に収めつつ進む。

のどかである。時間が止まったかのような雰囲気の山里が続く。お昼までまだ時間がある。ランチは予定していないのであるが、どこぞで食べないと持たない。江田の八瀬寿司あたりが狙いめか…。

一枚岩まで来た。この前の相棒F氏との雨天のサイクリングが思い出される。今日は喫茶には入らず、先を急ぐ。あまりにこの一枚岩は巨大であるため、ファインダーに収まりきれない。きょうも写真家がチラホラと来ていて三脚を立てていた。

トイレを済まし、出発。まったく私はトイレが近いのが難点である。膀胱のキャパが小さいのかな。(゚∀゚)

いつもの一枚岩が収まるスポットまで来て、写真を撮る。同じようなアングルから狙っている人もいた。

トンネルを抜ける。左手に巨大な奇岩がそびえている。名前を天柱岩という。まさしく天に突き出したその姿は名前のとおりだな、と思う。シャッターを押す。

水面が朝日にキラキラ光ってきれいだ。なんて透明度だろう。何度かカヌーで下っているが、まったく清流である。

やがて三尾川橋である。ここを渡ると左手に行く道があって光泉寺へ着く。右手に行くと、秘湯の美女湯温泉がある。これがわかりにくいので、県外の方は大抵迷うようだ。

しばらく林間の細い道を進む。途中、吊橋があった。日光が林間から差し込んでいてスポットライトのようになっている中を進む。苔が多い。

冷気がすごい。かなり冷える。先程トイレを済ませたばかりなのにもう尿意が催してくる。

光泉寺に着いた。ひときわ大きな紅葉している木が目に入った。あれが有名な子授け銀杏の木か。すごいスケール。大きすぎてかなり離れないとファインダーに収まらない。

びっしりと黄色の絨毯になっている。紅葉の時期を狙って来たのであるが、大正解だ。11月下旬がよいようだ。それにしても平日だというのに観光の人が多い。地元ではよほど有名なのであろう。

子授け銀杏の木の謂れがテープで何度も繰り返されている。お寺にには住職らしき人も見かけない。皆、てんでに写真をいろんな角度から撮っていた。

さて、光泉寺を後にして矢鱈坂へ向かう。三尾川側はそれほど激坂ではない。乗っていけるレベル。こちらから回って正解だった。峠頂上には短いトンネルが一つある。眺望はあまり良くない。かすかに太平洋が見えるくらいだ。

矢鱈坂にかかる。すごい激坂だ。これ、乗っていけないよ。やっぱ下りにもってきて良かったな、と安堵の一時。

和深に下った。この時期、道路工事の真っ最中。片側交互通行である。車ならなんともないが、坂道の途中でこれ、やられると慣れないトークリップのおじさんは地獄である。こけないようにふらふらと登りながら、横をすり抜けて行くもうスピードの車にびびる。

串本までは結構なアップダウン。何度か、この海岸線は走っているが、案外車が多いので私はオススメではない。やはり古座川ルートの方が断然イイ。

それでいつも周参見から入って古座まで走る、ルートである。

串本町内に来た。懐かしい。50年前に住んでいたので、おぼろげに覚えている。迷路のような路地の集まった町。トンボロという砂地に立地しているため、津波が来るともっとも被害の大きな地区である。

町内のあちこちに津波避難場所みたいなマークが目に着く。

さて、腹が減った。トイレもしたいしなぁ。

みなとという看板が目に入った。出雲の方へ行く途中にある。ちょうど大島の景観が見れるし、ここでよしとする。トイレをしてから、店内に入る。ここまで来たらケチってはだめである。

お造り定食を召し上がる。1460円だった。しかし、量的にはちょうどいい。ホントは江田の八瀬寿司が目当てだったのだが、また次回だな。

しばらく眼の前の大島を眺めつつ。たぶん、激坂だろうなー、とつぶやく。

店を出る。ランドナーにまたがり、ループ橋を渡る。やはり眼の前に坂が続く。延々である。とうとう降参し、降りて押す。いつものスタイル。(゚∀゚)

フットサルのシューズは歩きやすい。トークリップとの相性も良い。これはオススメである。須江の小学校から大きな音で「今日はお天気がいいので外で遊びましょう!」って生徒の呼びかけが聞こえた。田舎である。(^^)

アップダウンを繰り返し、相当消耗した。やっと樫野崎へ着く。灯台を撮影し、灯台に登る。螺旋階段がちょっと怖い。登ると海風が心地よい。360度のパノラマを堪能し、シャッターを押す。

あぁ、またさっきの下った道を登るのか…。ため息である。ここで決心。もう潮岬はやめよう。足が残っていない。それにそろそろ14時だ。撤退時間である。遠方のため、帰路のアプローチ時間も考えないといけない。

有料道路をぶっとばせは18時には帰れるだろう。そうする。

橋杭岩も見える。しかし、ここはほんの前に来たばかり。今回はパス。

15時に道の駅虫食い岩に戻る。車内でしばらく休憩し。帰ることにする。

たくさん、いい写真が撮れた満足感に浸りつつ、帰宅。

予想通りの18時過ぎだった。

(=^・・^=)

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