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ポンカンを食いながら将来を考える…。

今日から、また月曜日である。世間では、仕事の開始でまた、通勤ラッシュが凄まじいことだろう。オイラは、本日、午後より、ハローワークへ雇用保険の説明会に参加してきた。概ね2時間であった。太田の駐車場から、美園のハロワまでのんびり歩いた。もうすっかり風が春である。生暖かいような気温に心地よさを感じている。毛糸のセーターをいつも着ているが、これを着たままひなたぼっこしていたい気分だ。

さて、ハロワに到着すると、先着した方から席についている。どういうわけか、おもしろいのは、皆、後ろに座って前がガラガラ。

オイラは、目が悪いし、スライドをよく観たいので、前から2つ目に座る。久しぶりの座学であり、お尻が痛かった。ついこの前までは、しょっちゅう、講習会やら研修やらで市役所やら、プラザホープやらビッグアイやらに馳せ参じていたっけ。ついこの間のことのように思う。

ハローワークでは、大層な混み具合であった。アベノミクスだとか言うけど、この失業者の群れはどうしたことか?

さて、帰ってから、久しぶりの座学で疲れ、すぐにコタツにへたり込んだ。喉が乾いている。まずは、ポンカンを食う。これは、串本のオカンの親友が毎年、この時期に採れたてを送ってくれるのである。その人も今や要介護状態となり、その娘さんがわざわざ送ってくれている。古座に重壘山(かさねやま)という太平洋を望む好適地があり、そこにポンカンの農園を営まれているという。大昔にイチゴ狩りに連れてくれて、嫌というほどにいちごを食った記憶がある。

その重壘山の雨水をたっぷりと吸い込んだポンカンを二つ食って、ぼぉーとしているわけである。なにせ、オイラは自由人。お金に不自由しているわけではなく、家族がいるわけでもない。住みたい土地へ引っ越して住む。働きたい仕事内容で働く。まったく自由だ。ま、仕事は介護の仕事が好きなので、ずっと介護業界であるがw…。介護業界はイイ。全国に仕事があるから!! (^_^;)

もうすぐ年金生活になったら、どうして楽しく暮らすかなー…、といつも布団に入ってから楽しく夢想している。おおよそ自転車で何か商売できたら、いいなぁーとは思う。ありったけの工具はあるし、ノウハウもある。

自転車屋はやはり、ホィール組が命だと再確認である。大昔、オイラが、駆け出しの頃、堺の自転車屋で働いていて、いつも先輩がホィール組こそは自転車屋の最後の砦やでw、と語っていたのを思い出す。今でもホントにそう思う。ホィールのタンジェント組の方法なんてここ100年でも変わらないだろう、と思う。組んでみればわかるが、それくらいに完成されていて、無駄がない。

堺市大仙公園内にあるシマノのやってる自転車博物館にまた行きたい。あそこの自転車の歴史ビデオがイイ!
あ、そうだ。古書で、自転車の歴史に関する本を探そうっと…。
((≡゚♀゚≡)

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