さて、断捨離一日目だ。

 今日は大片付けの日である。断捨離である。もうもったいない、という感情は捨てることにする。そうでもしないと一向に物が減らない。(´Д`)

母は何でもかんでもとっておく主義だ。プリンのカップでさえ、きれいに洗って取っている。もうあきれるくらいであるから、食品の包装パッケージなどがすぐ溜まってくるのである。それをせっせと私が母の目を盗んで捨てていく。

そうしないと、台所がたちまちゴミでいっぱいになるから。

すでに各部屋は凄まじい状況だ。ゴミ屋敷である。(´Д`)

いつからこうなったのか定かではないが、職場でも大片付けは慣れているため、本気で取り組めば、半日あればかたがつくか、と思う。

うちからクリーンセンターへは遠い。紀の海クリーンセンターという紀の川市の強大なゴミ焼却場があるのである。最近、できたらしい。ここへ粗大ごみを積んで搬入するのだ。紀の川市民であることの証明を見せないといけないので、免許証かマイナンバーカードがいるかな。

帰りに空っぽになった車ごと計量器に乗って差分の重量で料金を払うシステムである。

何往復かしないといけない。これからはことあるごとに分別してゴミを搬入していこうと思っている。

私が70歳くらいになれば、自転車の方も放出していかないとな、とは考えている。乗れるのは一台だけだからだ。同時に複数台を乗ることは不可能。

二台か三台くらいまで絞り込みたいな。

それとエンディングノートの記入だ。後継者がいないため、これを記入していかないと関係者に迷惑がかかる。

ま、今まで永遠にこの家族形態が続くかのように錯覚していたが、人の寿命は案外短いものだと悟った。母ももうすぐ90歳なので、そう長くはないだろう。

いよいよ弟と私二人になる瞬間がやってくる。

弟は別宅なので、私独りである。咳をしても独り、とは尾崎放哉の名句であるが、まさにそういう心境だ。

しかし、私は孤独を嫌いではないし、恐れてもいない。淡々と受け入れるだけだ。人は死ぬために生きているのだ。絶対に揺るぎない真である。

だからあまりあれこれ些末なことに気を遣わず、淡々と生きていけば良い。

(=^・・^=)

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