結局、輪行とカーサイどっちがいいんだろ?

 自分の年齢が高くなってきていることを最近自覚するようになった。というのは、まず読書の瞬間である。本の字が見えにくくなった。これが老眼というものか?と最近、改めて自覚した次第である。

それで、kindleという秘密兵器を買った。これは大正解だった。

で、車の運転をしていると、昼間は全然平気なのであるが、夜間が見えにくくなったような気がする。

徐々に自分が歳をとってきている、という自覚。

今、高齢者の運転免許返納が勧められている。あまりに新聞紙上などで載っているように、高齢者による交通事故が激増しているためだ。そのため、任意保険料もかなり上がってきているようだ。

更に追い打ちをかけるように、高齢者の運転免許更新時に運転技能試験もプラスされることになったという。

認知機能試験と運転技能試験の両方をクリアしないと合格できないようだ。これで、バッサバッサと少しでも認知症の疑いのある人などは切り捨てられていくものと思われる。

都市中心部に集中して高齢者を集めるというコンパクトシティ構想なるものがあるという。実に嫌味だ。

都会を嫌ってわざわざ田舎を選ぶ人もいるというのに、車を取り上げられたら、田舎では暮らしていけない。

前置きが長くなったが、自転車でのサイクリングのことである。フィールドまで自走というのはかなり歳を取ると厳しくもなる。走行距離が100キロを超えるようになると、日帰りはまず無理だ。

しかし、私は改めて思うのであるが、自宅を自転車で出発して、何日かかかって帰宅するというのが本来の自転車旅行の醍醐味ではないだろうか?と思うのである。

輪行やカーサイというのは、時間のない忙しい現代人に向けてのサイクリングの一方法であって、昔はそんな便利な手段もなかった頃には、皆、自宅から延々自転車を漕いで行ったはずである。

今は、なんでもお手軽で済まそうという風潮が強く、旅もパッケージ化されてしまい味気ない。

私は、リタイアして時間が存分にあるようになったら、四国、中国、九州など自宅から延々行きたいな、と思う。ただし、キャンプするのかどうかは未定だ。もう重装備の自転車を操縦する自信がないからである。

せいぜい、サドルバッグ、フロントバッグの2つくらいで走ることで精一杯かな。(・∀・)

カーサイは便利だ。到着、帰着時間が自由自在である。しかし、すべて自分で運転するので、危険である。特にサイクリング後の運転は危険だ。輪行は便利である。しかし、お金がかかるのと時間の制約がある。どっちもどっちだ。本来のサイクリングは自走だろうと思うのである。

話が脱線したが、高齢になる頃には、ローカル線の存続も危ういだろうし、全国、自分の足で巡るしかないだろう、と今は思っている。便利な時代は今だけで、少子高齢化の進むこの国では地方はもう廃れる一方だろうと思う。

首都圏や大都市圏に暮らす人は実感がわかないだろうけど、田舎にいると、ひしひしと空き家が増えたり、更地が増えたりするのを毎日目にしている。JRも一年ごとにダイア改正で本数が少なくなってくるし、この先は真っ暗である。それに加えて、今回の運転免許の早期返納である。

私の自宅は、まだ、田舎都市というような環境なので、この先も安泰だが、ちょっと山間部だと車がないとかなり厳しい。紀の川市でも山間部の方はもうすぐ誰も住まない無人地区となるだろうと思われる。

そうなると、一歩山間部や線路のない地域に入ると、走行時にかなり不安である。この前の十津川街道がそうだったな。商店さえもあまりなく、十分な補修パーツ、工具類を持っていかないと走行が不安だった。

ということでだらだら書いたが、要するに歳をとってもそれなりの体力を維持しましょう、ってことになるかと思う。

そうすれば、全国どこへでも旅行も楽しめますよ、ということだろう。

今日からでもちょっとずつ走行距離を伸ばしていきたいな…。

(=^・・^=)


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