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【レポ】日高川ポタリングの巻。


藤並駅です。昔の有田鉄道跡がぽっぽ道という遊歩道になっています。
これを行きます。金屋口駅跡の鉄道公園まで。

ところどころ、駅跡のホームが残されていて、往時を偲ばせますな。

絵本がモチーフのようです。

アートだらけ。

玉砂利が敷いてあるので、ロードのタイヤは厳しいかもね。

一度でいいから乗ってみたかったな。有田鉄道。

ごりょう駅跡です。

大きな車輪が置いてありました。

こんな蒸気機関車がみかんを運んでいたのですね。

貨物列車もありました。



鉄道公園です。日曜とかだとキハが動かされるみたいですよ。

R424を道の駅しらまの里へ向かっているところ。峡谷がきれい。

道の駅しらまの里到着。しばらく休憩。ここに来るまでずっと登りでした。(/_;)

本日の愛車、またしてもクロスバイクもどきくんです。のり心地良くて最高です。

三十木橋近くのレストラン、椋の木さんにやってきました。開店してすぐの時間だったので私だけでした。(^^)

出ました! ハンバーグ定食です。1,100円なり。デミグラスソースが美味しいのなんの!
完食です。

ここが気になっていたレストランでした。本日調査完了。(^^)

さて、三十木橋を渡って左岸を行きますと、このようになってきます。しかし、途中工事中だったため、右岸へ渡りましたところです。

どこへ行っても人が住んでいるなぁ。

右の蓋みたいな形の建造物は用水路のようです。ダムへのルートかな。

いよいよ、日高川の荒々しい傷跡が見えてきました。紀州大水害の傷跡ですね。凄まじいです。

岩が削られていて、激流を物語りますな。

建物もこのようにすっかり流されて荒廃しています。

ほぼフラットな道がずっと続きます。左岸コースは車がほとんど来ないため、天国です。

高津尾の発電所です。レンガ造りの歴史的建造物だそうな。

だんだんグラベルに近いようなところも出てきました。タイヤが肝心ですね。

和佐駅付近まで下ってきました。ココらへんから橋を渡って御坊駅を目指します。

天気が晴れになったため、急遽予定を繰り上げ、日高川左岸ポタリングを決行いたしました。

今回はパークアンドライドです。まず、高速を飛ばし、JR藤並駅前の駐車場に車をデポ。まる一日停めても500円ほどでした。

平日は空いていてラッキーでした。奥のちょっとお安い方の駐車場はほぼ満車でした。

藤並駅から旧有田鉄道のポッポ道というのを行きます。これがなかなか鉄橋残っていたり、ホームが残っていたりで風情があります。

歩行者自転車専用道のため、車は来ません。金屋口までこれで行きました。鉄道公園に着くと、平日のため、ガラガラ。展示されているSLなどを写真に収め、今日の難所である白馬越えを目指します。

金屋口からはR424で道の駅しらまの里です。ここに至るまでは坂の連続で嫌気が差しますが、眼下に見える渓谷の美しさに癒やされました。

ときどき鳴き声の練習中だと思われる鶯などの声もちらほら聞こえています。春独特の匂いが山からしてきます。といっても日陰に入るとブルっとくるくらいに寒いのです。上着のジッパーを開けたり締めたりで調整します。

今日は前のトンネル内の接触事故に懲りて、蛍光ベストを着込んでいます。これでトンネル内も目立つためか、大回りでドライバーは避けてくれていました。(^^)

しらまの里でしばらく休憩し、本日のピーク地点の白馬トンネルへ入ります。このトンネルも長いこと!2kmほどもあるため、怖いのなんの。大型トラックが次々やってくるのですが、今日は蛍光ベストを着ているため、大回りで避けてくれました。

指示器でお礼を表示してくれるドライバーもいました。目立つといいのですね。やっぱり。

ブルベスタイルがこれからも定番化すると思います。

どこへ行ってもトンネル走行は避けられませんもの。

それにしても一対一のギア比のクロスバイクもどくくんは快調です。あさひの安いクロスバイクはいずれ購入するとして、まずはこいつを大事に乗り倒してやろうじゃないか、と思います。

フラットバーは気楽ですね。それにパニックブレーキが引きやすく、とっさの飛び出しなんかも対応可能。いいですねぇ。

さて、そろそろお腹も空いてきました。11時が近くなっています。ここまで快調ペース。しばらく乗っていなかった割にはよく走れていると思います。

白馬トンネルからスーパーダウンヒルを味わい、一気に美山へ降りてきました。ここからはほぼ下り基調です。

お腹ペコペコなので、本日の孤独のグルメスポットである椋の木へ向かいます。火曜が定休日だから今日は大丈夫でした。

着くと、サイクルラックが用意されているではないですか。サイクリストの利用も多いのかな。土地柄、ここしか食べるところがないみたいだし。

ハンバーグ定食はソースが濃厚で美味しいのなんの!噂通りでした。(゚∀゚)

お腹満腹になったので、ふらふらと三十木橋を渡り、左岸を行きます。しかし、しばらく行くと無情にも工事通行止めで右岸へ迂回しろ、と。

すると崖からたくさんの猿たちがこっちを見ていてキーキー鳴いているみたいです。

猿の惑星を後にして、右岸へ渡りました。この後もあちこちで猿を見ました。人間より猿の方が多いくらいですかね。

ダムへの用水路のような蓋の付いてある水路が右に沿ってあり、ちょっと変わった風景です。

里はずっと山間にへばりついていて、人間の暮らしの様子が伺えます。

蛇行している日高川はところどころ、紀州大水害の当時の爪痕がしっかりと残っていました。凄まじかったのですね。今走っている道路ももちろん水没でした。その証拠に到底動かないような巨岩が転がっていましたから。

次は道の駅サンピン中津です。もう昼食は食べたのでトイレ休憩ですね。ちょうど中間地点に高津尾の発電所が見えました。ここはレンガ作りで渋いです。

もう日高川下りポタリングも半ばを過ぎましたよ。後少しです。再び橋を渡って左岸を行きます。この辺も人家が少ないですね。しかし、小学校はまだありました。

細い一車線の道路を行きます。車はほぼ来ないです。ずっと右に日高川の雄大な流れを眺めながらのご機嫌走行です。こういうポタリングは楽しいな。

鼻歌が出るくらいごきげんですよ。

また川が大きく蛇行しているようです。本線の道路はここからかなりのアップで峠を越えて御坊の方へ向かいますが、こっちの左岸コースはずっと川伝いなので、坂がありません。天国です。

やがて、和佐駅付近まで来ました。そろそろお別れです。橋を渡り御坊駅に向かいます。

御坊駅に14時に着きました。列車時刻をさっそく見に行くと、34分にありました。

それに乗るとして、さっそく愛車を解体し、袋に収めます。もう慣れたもの。輪行といっても輪っぱを前後外すだけだから5分くらいで終了です。

クロスバイクの輪行は楽チンで病みつきですな。これで重量がもっと軽かったらなぁ、といつも思います。跨線橋を重い輪行袋を担いでよっこらしょ。

列車は待っていて、先頭車両の後部に乗り込み、車中の人となりました。

帰りはすぐ帰らず、明恵温泉に寄って、たっぷりと温もってから帰ったのは言うまでもありません。

17時帰宅。

(=^・・^=)

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