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結局、この前の白崎海岸ライドが今年最後だったな。

 今年は、怒涛のごとく、後半走りまくった感じである。そう、あのWAKAYAMA800の目標達成のためにあちこち車載して、走りに行った。総距離は800キロどころではなく、1000キロはいっていると思う。

来年は趣向を変えて、自転車旅行でのんびりと僻地をめぐりたいと思っている。第一弾が尾鷲の北の須賀利である。

年間スケジュールをざっと立てている。仕事の内容次第では変更になるかもしれないが、できるだけ実現させたいな、と考えている。

白崎海岸はよく行っている。なにせ家から近い、というのが一番の理由。それに風光明媚であって、白亜の海岸は映える。願わくば、早く白崎より北の海岸線の通行止めが解除になってほしい。そうすれば、周回ルートや北から走って御坊あたりでゴールというのも可能になる。冬場は北風が吹き荒れて、とても北上できるものではない。一度でも冬場の白崎へ行ってみればわかるというもの。立っていられないほどの北風である。

通行止めが解除になったら、自走で白崎へ行ってみるというのも面白いかもしれないな。もちろん、途中、湯浅付近で宿泊である。翌朝、早朝より、白崎の光る白亜の海岸を堪能する、というような旅行計画である。

確か、工事案内では、6月末くらいで工事終了とか書かれていたように思う。夏以降かな。

最近は、なんでも熊があちこちに出没しているらしく、コース選定に悩む。ソロなので、山中で出会ったらもうアウトである。車と違い、自転車は逃げ場がない。

尾鷲へ至るR425も気になっている。池原ダムから先のルート。ここも無人地帯である。ものすごい秘境であって、熊の出没地帯だ。最近では、R169が崩落で痛ましい死亡事故となった。車ごと生き埋めである。

あの事故を見るとゾッとする。もし、私が、尾鷲へ行くのにこのルートを車で通っていて、たまたま崩落したら、私も死んでいただろう。

車載でのアプローチルートも今後は考えないといけない。一番安全なのは、高速道路で紀伊田辺付近まで行き、そこからR311で本宮へ抜けてそのまま熊野市まで至るルートか。グーグルで時間を見ると、これでも休憩を入れて4時間だ。

東紀州はやはり遠い。来年は春先まで旅行していきたいと思っている。一番季節のいい時期に旅行に行きたい。夏場は嫌だ。汗をかくし、バテる。それに夏休み期間は宿がいっぱいで料金が高い。

だから夏場は近場だけを走って、秋以降にまた旅行したいと思っている。夏の期間が年々長くなっているように感じられる。それで、好きな冬もあっという間に終わってしまうのである。

今年はとにかく縦横無尽によく紀伊半島を走ったと思う。来年以降は今まで走ったコースのアレンジやリピートになるだろう。それでも飽きがこないのが不思議だ。

また、グーグルマップを見てみよう。

(=^・・^=)

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